マイネリーベ
ナオジ×ルーイ


『共有』

小説 遊亜様







ルードヴィッヒの私室は棟の一番奥まった位置にあり、外のざわめきもここまでは届かない。
この部屋の主を連れて戻ってきたナオジは、扉を開けるなり甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
彼は己で何でもこなしてしまうのだが、怪我の手当てはひとりでは困難だったから。

「ルーイ、あまり無茶は為さらないでください」

オルフェレウスとルードヴィッヒの、本来ならば必要の無かった決闘の結果、双方が傷を負った。
ナオジが止めていなければ、もしかするともっと酷いことになっていたかもしれない。

「どちらも掠り傷程度で済んで良かったですが…」

ナオジはルードヴィッヒの腕を消毒しながら、ここには居ないもう一人の姿を思い浮かべた。
正論を唱え、何事にも真正面からぶつかってゆくオルフェレウス。
彼は、ルードヴィッヒとは正反対の位置にいるように思える。
だからこそ衝突もするのだが、ルードヴィッヒはそれを面白がっていると取れる節もあった。

(差し出がましい真似は許していただきましょう)

あの時点での関与はどちらの矜持も蔑ろにするものでは無く、非難されたりはしないだろう。

「とにかく、お疲れさまでした」

いつもの如くに彼を労う。
ナオジの立ち位置は、常にルードヴィッヒの傍にあるのだ。

「しかし、やはり……」

独り言のようにナオジが呟く。

「貴方の剣捌きは美しい」

包帯を巻きつつふと漏らしたその言葉に、ルードヴィッヒはふっと軽く息を吐いた。

「私は、竹刀を持つおまえの姿こそが美しいと感じるが」
「え……自分は、そんな……」

ルードヴィッヒの返事で、己の心の中の声が外に出ていたのだと気付き、ナオジは慌てた。

「美しいと感じられる心は、その内部に美しさを享受する部分を持ち得ている」

穏やかな響きが、ナオジの動揺を鎮めてゆく。

「貧しい心では、どれほど素晴らしい物を見ても何も感じまい」
「……」
「おまえは、美を悦びと感じ取れる心の持ち主だ、ということだな」
「ルーイ……」

目を伏せてゆっくりと語るルードヴィッヒに、ナオジは真摯な眼差しを送った。

「その説で考えるならば、貴方の心にも美を享受できる部分が存在しているということになりますね」
「ああ、そうだ。 おまえと同じだ。 私達二人は、同じ悦びを共有できる者同士なのだ」
「!……」

包帯を巻く手が止まった。
頬が熱い。
胸の内が静かに興奮している。
未来を共に歩む相手だと認めてもらえていると、ナオジは改めて実感していた。

こんなにも美しく気高い人が、自分を同等に扱ってくれる。
心が悦びで震えるのがわかった。
それが指先にまで伝わらないようにと、細心の注意を払って包帯を巻き終える。
と同時に、ルードヴィッヒが顔を上げ、ナオジの黒い瞳を捉えた。

「ナオジ」
「………はい」

この愛しさはどうしたことだろう。
名を呼ばれただけで鼓動が高鳴る。
彼には尊敬の念を抱いており、敬愛してはいるが、感情だけが先走るような心理状態に陥ったりはしなかった。
……はずだ。

だが。

「私と共に来てくれるな?」
「!……それは……」

浮き立つ心地が一瞬で引き摺り下ろされた。
彼のこの問いに対して、まだ明確な答えを出せていない。
ルードヴィッヒのことは信頼し、愛情さえも感じつつあった。
けれど、自分には背負っているものがある。
ルードヴィッヒに付いて行けば、その背負ったものを放棄する結果になってしまう。

「………」
「無理に返事せずとも良い。 おまえを困らせたいわけでは無いのだからな」
「ルーイ……っ」

思わず背後に跪き、長く伸ばされた髪の一房を掬い、そっと唇を寄せた。
こんなにも自分を大切に考えてくれる彼を、どうして愛さずにいられようか。
今だけ、心のままに行動してしまうことを許して欲しい。
その祈りにも似た想いが通じたのか、ルードヴィッヒはただ黙ってナオジの行為を受け入れ、好きにさせていた。

「喉が渇いたな」

どのくらい時間が経ったのか、風がそよいだかの如くそっと、ルードヴィッヒが口を開いた。

「お茶にしましょうか、………」

ルードヴィッヒが大切にしているティータイム。
彼の為に葉を選び、お茶の支度をする。
今ではすっかりナオジの役目になっているが、そうなったのは初対面の日が切っ掛けだった。

それほど昔のことでは無いのに、もうかなり前の出来事のように思える。
今、こうして隣に居る時間がとても自然で穏やかなものだからか。

まだ、将来の道筋をはっきりと決めたわけでは無いが、ルードヴィッヒが見据えている未来を自分も見てみたい。
そう思うようになってからナオジは、彼との付き合いが楽しみになった。

会話や議論を交わす場面において、気後れすること無く己の考えを素直に口にできるのは快感でもあった。
あまり口数の多い方では無いナオジが、紫の双眸に促されるままに言葉を紡いでゆく。
共に行動する場合、さり気無くではあるが、常に気を配ってくれているのがわかる。
自分が異邦人だと意識せずともよい環境は彼が作り出しているのだと気付くまで、そう時間はかからなかった。

ルードヴィッヒの前ならば、何も飾らずにあるがままの自分でいられた。
母国に居た時でさえ感じたことの無かった悦び。
ナオジはルードヴィッヒから多大なる影響を受けていたのだ。

側に居るのが当たり前のように振舞ってくれる彼に返せるのは誠意だけだった。
ルードヴィッヒが見ている先は遥かに遠い。
困難も多々待ち構えているはずだ。
だからこそ、いつも孤高の存在である彼と一緒に過ごせる学園での貴重な時間を大事にしたいと考えていた。
その僅かな時をルードヴィッヒに満足してもらえるようにと、今日もナオジは心を込めて紅茶を用意するのだろう。

ルードヴィッヒの為に、今、ナオジができること。
ルードヴィッヒが望んでもくれていること。
いや、ナオジこそが望んでいること。

(自分が淹れた紅茶を一緒に飲む、それは……)

それは、至福にも似たひととき。
それは、ルードヴィッヒが……、

(彼が自分を必要としてくれていると感じられる瞬間………)



 ◇ ◇ ◇

 ◇ ◇ ◇



彼との出会いは唐突にやってきた。

「おまえが日本からの留学生か」

いきなり目の前に現れた影に、自分は一瞬、萎縮したかもしれない。
日本ではまず出会えない紫の瞳の持ち主。
外国人というだけでは畏れもしないのに、彼には何というか……そう、威圧感があったのだ。

「ナオジ・イシヅキです」
「ルードヴィッヒだ」

しかし、ふと伏せた目元がとても優しく、自分は瞬時に惹き付けられた。

「ああ……思った通りだ」
「?……」

彼が瞼を上げると、見下ろして来る視線が真っ直ぐ自分へと向かって来る。

「顔を上げていろ、おまえは自分で思うほど弱くは無い」

畏れは無かった。
むしろ、その内部まで見透かすような瞳に引き込まれてしまっていた。

「おまえなら、私と共に歩むことができる」
「えっ………」

初対面だったというのに、何故、自分に対してそんな言葉をかけたのか。
己の何を見て、どこをどう判断したのか、彼の心中は計り知れない。
けれど、その静かな声はすっと自分の中に入り込んで来た。

「ルードヴィッヒ…さん」
「ルーイで構わぬ」
「しかし、………」
「今から一緒に来い」

戸惑いが先に立った。
ただ、有無を言わせぬ尊大な口調だったが、反発心は湧き起こらなかった。

「……はい」

返事は少し遅れてだった。
じっと待ってくれていたルーイはそれを聞いて、僅かに口角を引き上げた。
彼は多分、微笑んだのだろう。



 ◇



すぐに席を立って後について行くと、とある広間に通された。
そこは何人もの生徒が屯しているサロンのようだった。
ルーイが入った途端ざわめきが止み、部屋の奥へと歩く彼を数多の視線が一斉に追ってゆく。
窓際にあるのは、他とは違って見える重厚な作りの椅子。
優雅な仕草でその背凭れに手を置くと、ルーイはゆっくりと振り向き、そこに居る者達を一瞥して言った。

「彼はナオジ。 私と共に歩む者だ」
「!!」

そんな紹介のされ方をするとは思わなかった。
部屋に居た生徒達はルーイの取り巻きらしい。
一瞬、突き刺さるような視線を感じたのは錯覚では無いのだろう。

自分がシュトラール候補生だというだけで、ルーイの近くにいることを許されている。
個人の資質とは関係の無いところで既に出来上がっている階級を、否が応でも意識させられた。
だが、こればかりはどうしようも無いのだから、自分も受け入れるしかないのだ。

選ばれているという特権は両刃の剣でもあり、良いことばかりとも言えない。
責任の重圧に押し潰されないくらいの根性も必要だった。
ルーイには、それが備わっていると思える。
誰よりも気高く、誰よりも威厳があり、本来ならば手の届かないくらい高い位置に存在する彼。
自分がその隣に立っている事実に、その時はまだ戸惑いの方が大きかった。

「楽にしたまえ」

先ほどの椅子に腰掛けたルーイから着席を勧められ、小さな丸テーブルを挟んだ向かいに腰を下ろした。

「今日は私の客人扱いだが、今後、おまえがどういう立場でありたいかは己自身で決めればよい」

そう言ってからルーイは、一人の男子生徒が運んできた紅茶を顔の辺りまで持ち上げた。
だが、一瞬動きが止まるとカップはすぐにソーサーへと戻され、それきり口を付けることは無かった。
何か気に入らなかったのだろうか、とふと考えながら、自分もカップの柄を掴んで口元へと近づけてみた。

一応、色は出ているが、香りがあまり立っていない。
そのまま、一口含んでみる。

(……なるほど……)

不味くは無いものの、味に深みが感じられない。
喉を潤すだけならこれでも悪くは無いと思うが、ティータイムを愉しみたい者にとっては十分とは言えないだろう。

「無理して飲まずとも構わぬ。 連れて来ておいて悪いが」
「いえ……」

下げろ、と冷たい声で指示され、この紅茶を用意したであろう生徒が泣きそうな顔でトレイを手に近づいてきた。
ルーイが飲まなかったという事実は、部屋に居た全員が見て知っている。
彼が下した評価が、今後、この生徒に付いて回ってしまうのだとすると……。

指先が震えているのが痛々しい。
自分の前のカップも片付けられようとした時、必死で涙を堪えている瞳と目が合ってしまった。
だから……なのか。

「上質のリーフをお使いなのですね」

その生徒とは初対面だったのに、つい口を開いていた。
言葉を掛けられた方は驚いて手が止まり、声も出さぬままじっとこちらを見上げている。

「ただ、十分に蒸らされていない為に、この紅茶本来の味が引き出されていないのではありませんか?」

あ、と生徒が何か思い当たったような顔をした。

「難しいと思いますが、気を付けるポイントがわかれば、きっと美味しく淹れられるはずです」

そう言って向けた微笑みには、頑張ってくださいという気持ちも込めた。
汚名返上の機会があるのかどうかはわからないが、それが生徒にも伝わったのだろう。
去り際に、か細くだがはっきりとした声で 「有難うございます」 と呟いたのが聞こえた。

自分と男子生徒との遣り取りを、窓辺へと視線を向けていたルーイはわざと見ぬ振りをしていたようだ。
けれど、こちらに意識が向いていると、何故か感じられた。
そしてそれは、どこか優しい気配にも思えた。

「ナオジ」

唐突に視線を戻して、ルーイが自分の名を呼ぶ。
低音で発せられた美しい響きを伴う声に、ふるりと心が揺さ振られる。

「場所を替える。 付いて来い」
「はい」

廊下に出て二人だけになると、それまでの緊張感が少し和らいだ気がした。
多分、自分を見つめるたくさんの瞳から解放されたからだ。

この国に来る前から、異邦人に対する不躾な視線を受ける覚悟はしていた。
学園内でも、無遠慮に見られているのは感じていた。
さっきは特に、ルーイが連れてきたというだけで必要以上に観察されていたと思える。
たくさんの視線を浴びるというのは疲れるものだと、改めて実感させられた。

だが、今は違う。
もちろん、前を歩いているのがルーイだから、自然と背筋が伸びてしまう状況は続いている。
しかし、それは緊張を強いるものでは無かった。

「どちらに行かれるのですか?」

無言のまま歩き続ける背に問い掛けると、ルーイが首だけをゆっくりとこちらに向けた。

「私の部屋だ」
「え!?」

いきなりのことに驚いたが、その次に表れた感情は拒絶では無く、むしろ歓喜に近いものだった。

「嫌か?」
「いえ、お供します」



 ◇



整然とした部屋に招き入れられると、ルーイ自らが紅茶を淹れてくれた。
まだ、客人として扱ってもらえているらしい。

「美味しい…!」

それは、サロンで出されたものとは格が違うといった感じの一杯。
まろやかで味わい深い紅茶が喉を潤すと、気持ちまでも満たされるようだった。

「おまえは茶を淹れた経験はあるのか?」

やはり、先ほどの生徒との会話は全部聞こえていたのだろう。

「茶道を嗜んではいましたが、紅茶は自分では淹れたことがありません」
「サドウ、とは?」
「決められた作法に従い一服のお茶を頂く、という、茶の湯を通して精神修養を行い礼法を究める道のことです」
「日本という国は、クーヘンとはかなり文化が違うらしいな」
「そうですね、文化が違えば考え方にも違いが出ます」

その違いは、この国にやって来るまでの長い船旅の間にも、そして学園に入ってからも、嫌というほど経験した。
祖母のおかげでクーヘンに対して理解はできていたつもりだが、日本で育った自分はやはり日本人なのだ。

「違いのわかる人物なればこそ、大局的見地に立つことができる」

ルーイがじっと自分を見つめている。
その美しい瞳から、目を逸らせなくなってしまった。

「ナオジはまだまだ大きな人間になる可能性を秘めているのだな」
「え……」

顔が火照っているのが自分でわかった。
皆が一目置くルーイにこんな風に接してもらえば、舞い上がるなという方が無理なのかもしれない。

「あのっ……」
「何だ」

どう返事すればいいのかがわからず咄嗟に声を発してしまった。
だがルーイは、一言返しただけで続きを待ってくれた。

「……紅茶の淹れ方を……教えてください」

それは、その場凌ぎの単なる思い付きなどでは無い。
ルーイの味に触れ、以前よりももっと紅茶に興味を抱いたのは本当だったから。

「何?」
「自分も、貴方のようになりたい……」
「ふっ」

言ってしまった後で、色々と言葉が足りなかったかとは思ったものの、どう取り繕えばいいのかわからなかった。
そんな自分を、ルーイは穏やかな眼差しで受け止めてくれている。

(この人は……とても優しい人だ……)

「あっ……その…、自分の為に貴方の時間を使わせてしまうのは申し訳無いのですが……」
「構わぬ。 ナオジの頼みとあらば喜んで教授しよう」
「有難うございます!」

心が浮き立つというのは、こういう感じを言うのだろう……。



 ◇



その場で早速、特別授業が始まった。
部屋に備え付けの簡易キッチンを借り、ルーイの指示通りに手を動かしてゆく。

紅茶の淹れ方は基本的には緑茶と変わらないように思えたが、お湯の温度に違いがあった。
発酵させた茶葉の為、沸騰させた直後の熱湯を注がねば十分に味わえないのだ。

「飲み込みが早いな。 手際も良い」
「そうですか」

砂時計で時間を計り、頃合いの紅茶を予め温めておいたカップに注ぐ。

「どうぞ」

ルーイの前に慎重な手付きで差し出す。
色と香りはまあまあではないだろうかと感じたが、味は飲んでみなければわからない。
彼は優雅な仕草で取っ手を持つと、口に運び先ず香りを確認した。

「ふむ」

そして、一口飲んで、こちらに視線を流した。

「初めてにしてはいい味だ」
「!!」

嬉し過ぎて体が硬直している。
そんな自分を他所に、ルーイは涼しげな顔でもう一口喉に流し込んだ。
ただお茶を飲んでいるだけだというのに、この人はどうしてこれほど絵になるのだろうか。

「今度から、ティータイムの支度はナオジに任せる」

固唾を飲んでルーイを見つめていたところへ、思いも掛けない言葉が聞こえてきた。

「ええっ?!」

突然言い渡されて混乱した。
それはもしかして、大役なのでは……?

「でも、自分はまだ……」

謙遜では無く、本気で断ろうと思っていた。
けれど、ルーイは微笑みでそれを制した。

「今のように、プライベートで茶を愉しむ時だけのことだが、どうだ?」
「しかし、他の皆さんの方が慣れてらっしゃるでしょうし…」
「私は、おまえが気に入ったのだ」

心臓が、どくんと跳ねた。
一気に視界が狭まった感じがした。
他の何も目に入らない。
ルーイしか見えない……。

「ルーイ……」
「ふっ、やっと呼んでくれたな」
「あっ…」

指摘されて初めて、自分がルーイを愛称で呼んだことに気付いた。
出会ってまだ数時間しか経っていないというのに、ここまで親しみを覚えるというのは珍しい。
しかし、僅かでも共有した時間は、自分にとってとても有意義で濃密なひとときだった。

「それで良い。 ナオジは私と共に学び、共に歩む、同じシュトラール候補生なのだからな」

ゆったりと話す独特のテンポが心地良く感じられる。
サロンで聞いた時よりも低音に思えたのは、自室で寛げているからなのか。
それとも、気を置かずとも良い相手だと、自分を扱ってくれているからなのか。
とにかく、ルーイの声は自分を魅了して離さない。
そして、瞳も……。

「私の為に淹れてくれるか?」

そんな目で見つめられたら、肯くしか無いでしょう……。

「はい、ルーイ」

この申し出を受けると、必然的にルーイと過ごす時間が増えるだろう。
今までは入学したてで自分の居場所が見つからず、どこか不安定な気持ちのまま過ごしていた。
けれど、これからは違う。
しっかりと、一歩一歩踏み締めて進んでゆくことができそうな気がする。

友人、……と言うのは口幅ったいとも思うが、初めてできた友達には違いない。
胸を張ってルーイと並んで歩けるように、これからしっかりと己を磨こう。
ちゃんと顔を上げて歩いてゆこう……。



 ◇



「凄い……」

戸棚に仕舞われていた茶葉を見せてもらっているうちに、感嘆の溜め息が漏れた。

「眺めているだけでも飽きないですね」

ルーイが選りすぐったのであろう、様々な種類の缶が並んでいる様は壮観だ。

「母国にいた時は、上質の紅茶の葉はなかなか手に入らないと聞いていましたから」
「今日から、これらは全ておまえの物でもある。 どれでも好きなものを、好きな時に飲めばよい」
「しかし、そんな勝手は……」
「己自身で確かめねば、善し悪しはわからぬ」

当然のように言い放つルーイの言葉は、共感できる部分が多い。

「確かに…。 では、お言葉に甘えます」
「ああ」
「種類によって淹れ方も変わってくるでしょうから、ルーイに飲んでいただく前に試しておかないといけませんし」
「そういう研究熱心な面も、ナオジの良いところなのだろうな」
「ルーイ……」

何故か誉め言葉を多く聞いているようにも思えるのだが、己にまだ自信が持てない今は恐縮してしまう。
けれど、顔を上げているのだと心に決めたばかりではないか。
取り繕うことも飾り立てることも必要としない関係を築くためには、先ず、あるがままの姿を見てもらおう。
それには……、あ!

「そうだ、今度、日本のお茶もお飲みになりますか?」
「ナオジの国のお茶か、興味深いな」
「ええ、是非」

人との会話がこんなにも楽しいものだとは!
日本で寡黙に過ごしていたのが信じられないくらいだ。

しかし、会話を楽しめるのは、この国の誰とでもというわけでも無い。
日本でもクーヘンでも、噛み合わない相手はいるだろう。
同じ内容を話していても、反応の違いによっては話が弾まないこともある。

だが、彼とならばそんな心配は必要無さそうだ。
話し易いと感じられるのは、目の前にいるのがルーイだからなのかもしれない。

「明日のティータイムが楽しみだ」
「!……」

嫣然と微笑む姿に胸がときめいた。
これではまるで、婦女子に対する想いを抱いているようではないか。

「どうした?」
「いえ、ルーイがあまりに…その……」
「私が、何だ?」
「あまりに眩しくて……」

既にその時にはもう、自分はこの人の虜になっていた………。
 


 ◇ ◇ ◇

 ◇ ◇ ◇



「どうした?」
「あ……いえ、何でもありません」

ルードヴィッヒと出会った頃のことを思い出してぼんやりしていたナオジは、問われて慌てて立ち上がった。
あの時から今まで、彼に対する想いは変わらない。
いや、熱き想いは一層深まっているのかもしれない。

ナオジが救急箱を片付け始めると、ルードヴィッヒも椅子を引いて腰を上げた。
長身の影は、数歩歩くだけでも見ている者をうっとりとした気分にさせる。
その姿が窓辺に佇む様子を目の端に入れつつ、ナオジは 「ところで」 と本来問い質したかった件を切り出した。

「何故、彼の挑戦を受けたのですか? 貴方は何も悪くないのに」
「あの男を叩き潰せる好機かと思ったまでだ。 尤も、そう簡単に潰れるような輩では無かったが」

ふっと鼻であしらった笑いは今回の事件を愉しんでいたとも受け取れた。

(ルーイ……)

夕日に染まっている姿を見ていたナオジの胸の奥が、チクッと痛む。
一緒に居る自分では無い人物を思い描いているルードヴィッヒの横顔を、ナオジは不意に独占したくなった。

「ルーイ、こちらへ」

椅子の背に手を掛けて着席を促すと、ルードヴィッヒはゆっくりと近付き、優雅な仕草で腰掛けた。

「失礼します」

横に立ったナオジが、唐突に自分の胸にルードヴィッヒの頭を抱き寄せる。

「!!」

いきなり抱き締められたルードヴィッヒは、最初こそ驚いたものの、そのうち自然とナオジに身体を預けた。

「申し訳ありませんが、しばらくこのままでいさせてください」
「謝らずともよい。 おまえの……したいようにするがいい」
「……」

目を閉じたルードヴィッヒは、珍しいほどに無防備な表情をしている。

「ナオジは温かいな」
「ルーイ……っ」

肩を抱く手が熱さを増す。
豊かで滑らかな髪を撫でていたナオジは、その髪に唇を寄せた。

「自分は、貴方と出会えたことを感謝せずにはいられない」
「おまえとの出会いは必然だと思っている」
「え…?」
「私が私の道を貫く為に」
「ルーイ……」

いつかは出さねばならない答えだが、ナオジの胸の中にはまだ用意されていない。

「ナオジ、おまえは……」

ナオジが返事をする間を与えず、ルードヴィッヒは言葉を続けた。

「どんな道を選ぶことになったとしても、今は、私と共にいてくれるのだろう?」
「もちろんですっ」

即答したナオジを、ルードヴィッヒは満足そうに見上げた。

「ならば、………それで構わぬ」
「………ルーイ」

肩に置いていたナオジの手が、ルードヴィッヒの頬に添えられた。
すべすべとした肌をなぞり、美しい顔を両手で包み込む。

「ルーイ、これが自分の気持ちです」

ナオジの唇が下りてきて、ルードヴィッヒのそれに重なった。

「……!」

触れるだけのキスだったが、ナオジにとってはかなり勇気を振り絞った末の行動だ。

「ナオジ…?」

普段の控え目な態度からは想像もつかない大胆なナオジに、ルードヴィッヒは表には出さぬまま驚いた。

「キスとは、親愛の情を示す行為なのでしょう?」
「その通りだが」
「自分は、貴方を愛しく思っています。 だから……」
「ふっ…、この私が口説かれるとはな」
「ルーイ……」
「ナオジ、望んだことは実行するがいい。 行動に移さねば何も始まらぬ」

自らが思い描いた通りに歩んできたルードヴィッヒの言葉には力がある。
ナオジはそれを、今後の道を示す一つの方法として受け取った。

「はい、胸に刻んでおきます」
「いい眼だ。 やはり、おまえは弱くなど無かったな」
「あ……」

 『顔を上げていろ。 おまえは自分で思うほど弱くは無い』

初対面の時のルードヴィッヒの言葉が甦った。

(あの言葉は無意識のうちに自分の心の中に在ったのか……)

内向的になりかけていたナオジを外へと押し出してくれたのはルードヴィッヒだったかもしれない。
せっかく与えられた留学の機会だったのに、ひとりぼっちでは得るものも少なかっただろう。
しかし、彼と行動を共にするようになって見聞を広められ、これ以上は無いというくらいに充実したものになった。
そんな彼には、言葉での礼よりも……。

「ルーイ、喉が渇いていたのでしたね」
「ああ」
「お茶にしましょう」
「頼む」

ルードヴィッヒと共に過ごせるひととき。
誰にも邪魔されない、二人だけで共有している時間。
人生の中で見ればほんの一瞬でしかないのだろうが、きっとずっと、特別なものとして自分の中に残るだろう。

(ルーイ………)

想いを込めて紅茶を淹れる。
ナオジの顔には、優しい微笑が浮かんでいた。
待っているルードヴィッヒの口元にも、また。









1stシリーズの第1話のあのシーンの後の素敵なお話!ありがとうございます(〃∇〃)
マイネ世界の気高く真摯な気品漂う小説でナオルイが読めて嬉しいですv
ルーイにとってどうしてナオジが必要なのか…アニメやゲームだけだと分かり辛いんですけど
このお話で、なる程!と
ルーイは優しいけれど不器用だから、ルーイの理性の部分でで切り捨ててしまう周囲を
別のルーイは本当は切り捨てたくなくて
同じ気品を持ちながら、自分とは別の理性を持っているナオジが傍にいてくれたら
気高くありつつも柔らかな気持ちでいられる存在なのですね(〃∇〃)
ナオジにとってルーイが希少で大切な存在なのは当たり前ですし(笑)
孤高に過ぎるルーイにとって大切な存在のナオジとの甘やかな時間が少しでも長く続くことを願ってv

←ルードヴィッヒ様の執務室へ

←SHURAN目次へ