『新条、お前先に切れよ』
「え? 加賀から先に切れよ」
『いいから。お前から先に切れって』
「でもなぁ…う〜ん」
新条は携帯のストラップを意味もなく弄んだ。
学校で、いや、学校の外でも聞いてる、聞き慣れた、加賀の声。
いつもとは違う電話回線ごしの、わずかに籠った声。
でも会話の内容はいつも通り、素っ気無い口調で、たわいもないこと。
身体を重ねていても、加賀の態度は普通の同級生に対するそれに近くて。
ほんとは自分のことなんて何とも思ってないんじゃないか。
これでほんとに自分の事を好いていてくれてるのだろうかと新条は疑問に思っていた。
だが、セックスしたからといって手のひらを返したようにべたべたと甘えてくる加賀なんて想像もできない。
きっと、相手に甘えたがったり求めたりするのは、自分の方が担う役割なんだろうな。
そんな風に思っていたのに、電話を切る時になって突然こんな事を言い出すなんて、不意打ちだ。
ズルいよ、加賀。畜生、可愛いじゃねーか!!
恥ずかしさでくすぐったさでにやけそうになるのを抑え、新条は「加賀から切れよ」とからかうように言ってみた。
『新条が先に電話切れよ』なんて言われたら、もう加賀が可愛くてしょうがない。
『何でだよー。お前が切れよー』
「加賀が切ればいいじゃないか」
なんだか電話の向こうの加賀の声はいつもと違って困ったような…はにかんだような…、ちょっと甘えた響きがある。
もしかしたら、自分と同じように照れてるんだろうか。
「分かった」と言ってさっさと電話を切らないのは、こんな馬鹿みたいなやりとりをもうちょっと長く続けていたいから。
(ああ俺、やっぱ加賀のことがすごく好きだ…!)
頬が熱くなっていくのを感じる。
なりゆきというか、半ば自分がのめりこむように始まった付き合いの中で、加賀が本当は自分のことが好きなのかどうかよく分からなかった。
加賀はどこか捕らえ処がなくて、何度抱いても、しっかりと手を握っていても、ふい、とどこかに消え去ってしまいそうなそんな雰囲気があった。
風のように掴みどころがなくて、本当に自分から離れてしまおうと思ったら、きっとどんなことをしても留めてはおけない。
傍に居るのに時折たまらなく不安になる。愛されてないかもしれないという不安。
それは常に加賀を失うのではないかという不安に直結していた。
だから、加賀のこんな些細な我が侭も、新条にはすごく嬉しいのだ。
『しょうがねえな、一緒に切るか』
「…そうだな」
苦笑まじりの声に、新条も同じように答える。
『せーの、で切ろうぜ』
「せーの、だな」
『いいか? じゃあ』
「せー…」
----ガチャン---ツーツー-------
「加賀…」
新条は、受話器を握りしめたまま、引きつった笑みを浮かべていた。
「わすれてたよ…」
がちゃん、と受話器を置き「ククク…」と力なく笑ってみせる。
「お前が、甘くないってこと…」
ほんとに加賀は俺のことが好きなんだろうか?
その夜、新条は布団の中で静かに涙を零していた。