――目が覚めた。のか?
自分が今何処にいるのか判らず、自分が今どのような状態なのかも把握しきれていなかった・・・・ただ、少し頭痛がしているようだった・・・
記憶を探る・・・
確かマリューの名前で呼び出され、車まで来た。そこから記憶が無い・・・・自分の記憶に全く自信が無くなって来た・・・・
首をめぐらす。
ベッドに寝かされているようだ・・・
天井は何の変哲も無い白いもので・・・・
病院か?
自分の衣服が改められていて、病院の検査着そっくりな物を身に着けていた・・・
ベッドから降りようとしてぎくりとする・・・・
首に何かがはめられていた。
皮紐の様だったが、一ヶ所金属がはめ込まれていた。
よく似た物を見た記憶がある
・・・・子供たちがはめていた場面を思い出す・・・そうだ、何かに反応するんだった・・・痛みを伴うもの。
――何故?この俺が?
近くの扉が開く音がした。そちらを向くと一人の男が入室して来た。
病院だろう、だから白衣の男かと思ったが、背広の男に意外な感じを受けた。
初老の細身の男だった・・・
ああ、と思い出した。
「気が付きましたか?ムウ・ラ・フラガ様。お久しぶりでございます。覚えて頂けているでしょうか?」
「ああ、思い出した。フラガ家の執事さん、久しぶりだね?士官学校卒業の時以来だ・・・・」
「いいえ、軍に入隊された時に伺っておりますよ。弁護士共々にね。貴方様が呼びつけられ、『フラガ家との縁を切る』と申されて、書類を作りました。」
「そうでしたね。それ以来ですか・・・・お互い年取りましたね?」
「ご無事でお帰りになられて誠にようございました。お捜し致しました。」
「何故?これはどういう事?ここはどこだ?君がこれを?」
と、自分の首に手をやり尋ねたが、執事は気にしないようで、彼は問いには応えず。近くにあるソファに坐り、大きめのカバンから書類を取り出し、中身を確認し、会話を再開した。
「ムウ・ラ・フラガ。C.E.43.11.29.誕生。フラガ家財閥当主アル・ダ・フラガの長男として誕生。間違いはありませんね?」
「ああ、間違いない。それが一体どうしたのだ?こうなっている説明が欲しい。」
「連合軍所属の為、軍関係はそちらの方にお任せするとして、フラガ家についてご説明したいと思います。フラガ家が現在このように地球規模で、財を成し、経済界にも重きを置いていることはご存知でしたね?それも特異な継承によるものが大きいと。血の継承。」
「以前にも聞いた。直感的な閃き、第六感とも言っていたな。直系が色濃く受け継いでいると・・・これが欲しいのか?この力が・・・・」
「当主アル様が亡くなられ、次は弟様が跡をお継ぎになりましたが、やはりその力は充分ではなく、一族の皆は貴方様を再度求められました。が、ヤキン・デゥーエ攻防戦で戦死、という知らせを受け諦めておりました。しかし・・・」
ベッドに全身を預けて横になっていた男が応えた・・・
「財閥のネットワークにでも引っ掛かったのだろう?生存していると・・・」
「奇跡でございます。これはアル様の執念でございますよ。もう、軍からは身を引かれフラガ家の為にその力をお使いください。お力をお願い致します。素敵な彼女も軍籍を離れ、フラガ家のファーストレディとして社交界の世界に登場していただけたら幸いと存じますが・・・如何でございますか」
「君は俺が家を捨てた理由を知っているんだろう?それでも言うのか?」
「フラガ財閥は数多くのグループ会社から成り立っているということはご存知でしょう?それを束ねて行く技量、才覚、カリスマ性、フラガ家だけの直感の閃き・・・当主はすでに一個人ではなく、末端の社員の事までも責任を担わなくてはならない存在だということも、もう大人になり、部下をお持ちになられた貴方様には、よくお判りと存じますが?」
「子供の頃の感傷に浸り背を向けている場合ではないと?駄々を捏ねるんじゃないと言いたいのか?」
「今回の戦いで、ロゴスという軍需産業複合体の解体という、未曾有の強制的な社会変化によって、今まで軍事には手を染めて来なかったフラガ家にも、間接的ではありますが影響が出て来ております。無傷とはいえない状態です。いずれの産業も被害を被っている現在、一足早く回復を目指し、ムウ様という直系の跡継ぎを旗頭に、今まで以上のゆるぎない地位を築きたい、という一族の長老様達からの伝言であります。」
「爺どもの考えそうな事だな?それが嫌で、平凡な一庶民として生きて死にたいんだ。」
「それは、フラガ家の男として生まれたからには許されないことです。」
今まで聴いた事もない毅然とした言葉に男の本気を垣間見た。今までは次期当主として遠慮があったのだろうか
・・・それともまだ選択を許せる状況だったのが、ムウ以外に任せられなくなって来たという事か・・・
男は隣のドアに向かったと思うとミネラルウォーターの瓶を二本持って来た。
「これもグループ会社のものです。社長がいて社員がいて・・・・社員には家族がいて、年老いた親や可愛い子供がいて・・毎朝眠いと言いながら犬の散歩を欠かさず、休日には芝生を刈り、買い物や家事に進んで参加する、そんな生き方を望むと?」
執事から受け取ったボトルに口をつけようとしたが、次の言葉にムウの手が止まった・・・・
「親もなく血縁も柵もなくただ何もない、ただ生み出されることが金になる、『金』の為に。そんな身勝手な『生』を授けられたモノはどうすればいいのですか?ただ自分の命を永らえさせる為に、自分の財産を自分が後の世までも保ちたいが故に、その者と同じ者として『創り出されたもの』達は如何すればいいのですか?人に創られた『モノ』。人ではない『モノ』『クローン』・・・は。」
ベッドに近付き執事は続けた・・・・
「忘れる。ということでご自分をまだ守っている、ということですね?辛い事、思い出したくない事を、忘れるということで、自分を守っていらっしゃるならそれでも結構です。そのような貴方の為に、貴方の父親の為に、直系の血を欲する者達の為に、身勝手に、創り出されてしまった者達の事を知ってやって下さい。
ここに資料を置いて帰ります。読んで下さい。
記憶から消えていてもこれは紛れもない事実です。誰よりも『生きる』という
事を彼らなりに追求した者達を知ってやって下さい。」
「二名分の資料が入っています。ひとりは、ラウ・ル・クルーゼ、もうひとりは資料が大変少なく、幼い頃に撮られた顔写真だけです。レイ・ザ・バレル。
両者ともザフト軍のパイロットとして、戦死されました。貴方とどこかで交戦されたかも知れません。」
「明後日もう一度お伺います。待ちますから・・・あの火事の夜からずっと待ち続けたのですから・・・・」
「――私と共に、貴方が思い出すのを待ち続けた人を知っています。その人の為に是非思い出して下さい。そして、その人の為にも、刃を向け合うのではなく、政治で、経済で世界の人々を救ってください。再び同じような事が起こらない為に・・・その為ならば財閥の力はただの金儲けではないでしょう?
金の欲に目が眩んだ人々の集まりではなくなりますよ、きっと貴方がトップに立たれたら・・・・」
フラガ家の執事が退出した後、本格的に囚われの身になった原因を知ることになった。
「このままではファントムペインのネオ・ロアノーク大佐として敵前逃亡、脱走兵の汚名のまま処刑されてしまいますよ。除隊にもなっていないはずの貴方がオーブの一佐になっておられたのも我々にとって驚きでしたがね。代わりに我々研究班に協力して頂けるならば・・・」
地球連合軍の軍人だとは判ったが、人当たりの良い人物を差し向けて来たものだ・・・・軍事教練など受けたことのなさそうな、どこかの大学教授のようなタイプだった・・・
「俺の力を知りたい?モルモットになれと?」
「毎日ということではありません。フラガ家当主としての仕事の傍らで結構です。ある程度はこちらにも資料は蓄積されていますから。ただ生きた研究体が欲しいということですよ。取引をしましょうということですよ。有り体に申し上げればね?」
「それを受け入れなければこの部屋からは出られない、拘束されたままということか?
探しているぞ、まだオーブ軍一佐の俺を。」
「そのようなへまはしませんよ。ごゆっくりお考えください。ネオ・ロアノーク大佐、貴方の部下達は幼い頃から研究施設を出ることなく、戦いの為の訓練を受けた。外に出られる時は殺人兵器として完成された時だけ・・・まあ、貴方は情があったのか、なかったのか、彼らの力を使いこなせなかった・・・」
「彼らのことはもう忘れたのですか?ファントムペインの大佐殿?エクステンデッドの三人のことは。それは、連合の意識操作の作戦が貴方にも施されていたのですが、役に立たなかったということですね?
これだけでも確認出来たのは今日の成果としますか・・・」
「これを外せ!動物じゃないんだぞ!」
「動物の方が飼い主には従順ですよ。裏切らない。さて、この部屋は歩き回れますよ。通信機器はないけれど、これだけの設備だ、ホテル並みと自負しているのですよ。退屈はしないでしょう?」
今日の面会時の予定は終わったのか、部屋の説明や日程など、気が変わった時の連絡方法まで言うとゆっくりと休むように言い、部屋を出た。
その去り際、多分一個人の感傷的な言葉だったのだろうが、一番ムウには堪えた。
「『エンデュミオンの鷹』、貴方のMAの活躍は素晴らしかった・・・その力を調べさせて欲しい・・・ただそれだけです。」
「あうっ!」
「くそっ!」
痛みに溜まらずベッドに横になった・・・・懲りずに部屋から逃げようとしたが、見えないバリアーが張ってあるかのように首に酷い痛みが走り、一瞬意識が飛ぶ・・・一歩もドアから出られなかった・・・・
小さな窓もこぶしやイスの足で叩き割ろうとしたが全くびくともしない頑丈さだった。ただこの窓のお陰で気が付いてから何日経ったかだけは判った、しかし、ここがオーブ国内なのかは判りかねた。
――オーブに、雪は降らない・・・・
ムウ・ラ・フラガからの協力の返事はまだなかった。だが、周囲から着々と堀は埋められつつあった・・・
手段を選ばず・・・・
フラガ家の当主のお披露目は近づいていた・・・・
――そして未だに記憶は戻らない・・・・・
――そして、オーブに、雪は降らない・・・・