白と黒(2)―――



 アデスは、ショッピングモールの出入り口に構えられた食堂形式の店で昼食をとった。

 ここはアデスのお気に入りの場所だ。

 食事をとる人はもちろん、ショッピングモールに入った人、出て行く人、通りを歩いている人。そういう雑多な人々を気兼ねなく眺めることができる。

 とりあえず、「何でもいい」というので、昼食はハンバーガーにしておいた。ここのはなかなか美味しく、なおかつボリュームがあるので、アデスはいつも頼んでいる。飲み物は、アデスはコーヒー。少年は紅茶だった。

 ハンバーガーを2つ、豪快に頬張るアデスを見て、少年は少し呆れたように言う。

「…よく食べますね…。」

「そうか?君のほうが少ないんじゃないか?」

 少年は、実に行儀よく食べていた。普通、この年頃の(おそらく15,6歳?)男がハンバーガーとかのジャンクフードを前にすれば、2つや3つを豪快に、そして少し下品に、食い散らかすかのように食べるのが普通だろう。

 なのにこの子は、レストランにでも来ているかのように、小さな口でもくもくという擬音語が似合いそうな感じで食べている。

…色んな意味で、普通とは違う子だな。

 アデスは苦笑した。「色んな意味で」とは、もちろん「口に出来ないような意味でも」という意味だ。少年が目を開け、じっとこっちを見ているような気配を、アデスは感じた。

「…ずいぶん、優しいんですね。」

 アデスは眉をひそめた。

試されている…。

 直感的にそう感じた。これまでに何か緊張しているなという印象は持っていたが、なるほど。俺の行動に裏があると思っていたのか。

 返答次第ではこの子は俺を殺すことも選択するだろう…。アデスはそう直感した。

 アデスは不機嫌な顔になって、少年を見た。

「優しいんじゃない。人が良くて、お節介なだけだ。」

 自分の中の正直な気持ちだった。少年は予想外だったのか、自分から目線をそらし、不機嫌にハンバーガーを歯で千切る男を見つめた。やがて、ふっとほほ笑む。

「…そういうものですか。」

 雰囲気がずいぶんと柔らかくなった。アデスは思わずほほ笑んでいた。

 やがて、二人は同時に食べ終わった。

俺に合わせていたのかもな。

 あまりのタイミングの良さに、アデスはそんな事を思った。まぁ、思ったところで口にはしないが。

 二人して黙々と飲み物をストローから吸い上げる。これからどうするかな…。とぼんやりと考えていると、少年がコトッと飲み物を置いた。

「すまない。」

「?」

 突然口調が変わり、そして突然の切り出しに、アデスはきょとんとした。少年は下げていた頭を上げ、こちらを見つめる。

「どうやら、巻き込んでしまったようだ。」

 巻き込む…?どういう意味…?頭の中で疑問がぐるぐると回ったが、それらを言葉に乗せるよりも先に、殺気が背中を駆け巡った。

 とっさに上体をかたむけて、椅子から転がり落ちる。それまで頭があった場所を弾が通り、机にめり込んだ。

「なっ…!?」

「キャア―――!!」

 当然ながら、場は悲鳴に包まれた。少年の方も同じようにして弾をよけていて、やけに落ち着き払った調子で立ち上がっていた。

「こっちへ。」

 手を差し出してくる。何が何だか分からず、とりあえずその手を取ると、驚くほどの力で、ひょいと体を持ち上げられてしまった。

…おいおい。これでも一応70?後半…。

 次の瞬間には、手を引かれて走っていた。ショッピングモールを出る。

 途端に、やはり大勢の視線を感じた。どこから狙われているのかまでは分からないが、というよりも、何でこいつはこんなに落ち着いているんだ?

 こんな非日常的な出来事にも関わらず、少年の顔は涼やかで無表情だった。俺と話してた時の方がまだ表情あったな。と、ぼんやりとアデスは思った。

 ふいに少年がアデスの頭を抱き、道の植え込みの陰にしゃがんだ。それにつられるようにして、自然とアデスもしゃがみこむ。

 少年はスナイパーが見えているのか、確信的な表情で一点を見つめていた。そして、実に自然に懐から銃を取りだした。

「げっ!」

 アデスは思わず声を上げた。まぁ自分の予想通りの仕事をこの少年がしているのならば当然だが、だが声を上げ、顔をゆがめる権利ぐらいはあるはずだ。

なんだってこんな日に…。

 アデスの正直な感想である。少年はそんなことは意にも関さず、残弾を確認し、スライドを引いて、セーフティーを解除した。ふと、もう一丁を取りだし、こちらに差し出した。

 引きつった顔で見ると、にこりと笑ってきた。

「どうぞ。軍人さん?」

 アデスは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「…いつから気づいてた?」

「最初から。左手を動かさないように歩いていただろう?日常的にホルスターを携帯している者の証拠だ。それから歩き方と止まり方。軍属でもなければ、日常的に染みつかんよ。」

 アデスはますます顔をゆがめた。黙って銃を受け取った。やはり残弾を確認する。

「さっき死んでいたらどうする?」

「それならそれまでの男だったと思うだけのこと。特に予定に変更はないな。」

「はぁ。」

今日、星座占い何位だっけ…?

 泣き出したくなるのを堪え、乱暴にマガジンを入れた。まだセーフティーは解除せず、ズボンの間に銃を挟み込む。黒ずくめのため、驚くほど目立たない。

 まだここは人の多い通りだ。余計な混乱は避けたかった。その判断が少年の意に沿ったものだったのか、少年は軽くほほ笑んだ。

「で、どうする気だ?ごまかすのか、誘うのか…。あっ。」

 言っている内に、少年は手近の人の少ない裏通りへと飛び込んで行った。

あぁ、なるほど。誘うのね。

 アデスは1秒ほどで愚痴を言い終わり、少年を追った。







全く、大したものだ。

 走る少年を追いながら、アデスは内心舌を巻いていた。

 二人は、常人には到底追いつけないような速度で走っていた。さすがはコーディネイターで、専門的な訓練を受けている同士、だったが、決して?対等?ではなかった。

 アデスには分かっていた。彼が自分が追いつける程度のスピードで走っていることを。ちっと舌を打つ。

こんな子供に気を遣わせているなんて…。軍人失格だな。

 そう心の中で溜め息をついたとき、ふいに目の前に壁が迫ってきていることに気付いた。

行き止まり…!?

 そう思った時、突然少年が壁際のゴミ箱に飛び込んだ。アデスもとっさに物陰に飛び込んだ。自分たちが走ってきた方向から、銃弾が飛んでくる。

 様子をうかがったが、通りには誰もいない。ということは、両側の建物の屋上にいるのだろう。と、再び銃弾が襲った。

これじゃ身動きが取れない…。

 アデスは内心舌打ちをした。ちらっと、少しだけ見える少年の様子を見る。

 彼は相変わらず冷静で、アデスが見ているのに気付くと、なんとほほ笑みかけてすらきた。全く参るよな。といった調子で。

 参ってるのはこっちだよ!と、アデスは心の中で叫んだ。スライドを引く。

 カッチャン。という音が響いた。そして一呼吸を置いて、アデスは走り出した。これにはさすがに少年も驚く。

 銃弾がいくつも飛んできたが、アデスは気にも留めず、一直線に走った。少年は反射的に援護して、スナイパーを一人仕留めた。そして、少年が隠れているごみ箱の陰に飛び込む。途端、銃声がやむ。

 一発も、かすりさえしていないのは実に奇跡だった。

「一体どういうつもりだ!?」

 少年はさすがに血相を変えて怒鳴った。アデスは内心どきどきしながらも同じように怒鳴り返す。

「子供を一人に出来るか!」

「子供?君が?」

「お前がだ!」

 まったく、何でこんなところでコントをしなくちゃいけないんだ!なるほどという顔になった少年を見て、アデスは心の中で怒鳴った。

「ぷっ。くくく…。」

 今度は少年が吹き出す番だった。口に手を当てて何とか堪えようとしている。アデスはちらりと見て、バツが悪そうな顔になった。顔は赤い。

「あぁ、どうせ馬鹿だよ。」

「…ああ。大馬鹿者だ。」

 ここまで言われるとさすがに怒りがこみ上げる。だが、少年はそれまで見てきたどの顔よりも、すがすがしい顔でほほ笑んでいた。

「お前みたいな馬鹿は初めて見る。」

「…そりゃどうも。」

「私はラウだ。お前は?」

 唐突な自己紹介。アデスは様子をうかがいながら答えた。

「フレドリック・アデス。」

「ぷっ。」

 再びラウは笑った。笑いを堪えながら、息も絶え絶えに言う。

「フルネームで答えるなよ。どうする気だ?」

 あまりにおかしそうな様子に、アデスも笑みを取り戻した。

「信頼には必要だろ?」

 ラウは笑いを収める。

「…ああ。そうだな。」

 そう言うと、服をぱたぱたとはためかせた。ばらばらとマガジンが落ちてくる。

「…おい?」

 ラウは銃すら置くと、立ち上がった。

「お…!」

「アデス。後は頼んだぞ。」

 ラウは自信に満ちた笑顔で言うと、ゆっくりと出て行った。それに呼応するように、屋上から人が降りてくる。

 アデスが状況をつかめずにいると、ふいにラウが走った。そこでアデスは、はっと自分に役目に気が付く。

 突然姿を現したラウに、狙撃手は慌てた。アデスはその隙を突き、二人を落とした。そして、地上に降りてきた連中に目を向ける。

 ラウの格闘術は素晴らしかった。こんな状況でなければ見惚れていただろう。だが、残念ながらそんな心の余裕と暇はない。

 外側で様子をうかがっている連中を撃ち殺す。その間に、ラウは三人を昏倒させ、うち一人を殺していた。最後の一人を倒すと、ラウは袖に隠していた小型の銃で、気を失った連中を殺した。途端、路地を満たしていた殺気が消えた。

 アデスはマガジンを持ち、出て行く。

「全員殺す必要が?」

 ラウは笑みを向けた。

「こいつらはブルーコスモスの内通者だ。プラント側のな。」

 アデスは顔をゆがめた。

「?警告?のために何人か殺したんだが、まさかその日に報復に来るとはね。いやはや、仲間想いでうらやましいことだ。」

 アデスはそれでも腑に落ちない顔をしていた。ラウが笑って、肩を押す。

「!」

「そんな顔をするな。私なら大丈夫さ。こんな連中に、?私?という存在は消せない。私がプラントにいる限りな。」

 アデスはすべてを理解した。なるほど。これも?上からの指示?、か。そして彼のバックにいるのは、自分もたやすく消せる人物。

「後悔したか?」

 ラウは試すような視線で自分を見ている。アデスは目を閉じ、肩をすくめた。

「まさか。何が起きているのかもよく分からないのに、何を後悔しろと?」

 ラウは満足げな笑みを浮かべる。

「そうか。」

 ラウはマガジンを一息にすくい、しまった。

「ではな。」

 ラウはそう言うと、さっさと踵を返してしまった。

「どこへ行く?」

「帰るんだ。私の居場所へな。」

「硝煙と血のけぶるところ、へか?」

 ラウは足を止める。振り返ると、ほほ笑んだ。

「詩人だな。

 残念だが、そこだけが私の居場所だ。君の隣ではない。」

「…。馬鹿…!大人をからかうな!」

 アデスの頬に朱が入る。ラウは面白そうな笑みを浮かべた。まるで飽きないおもちゃを手に入れたようなその表情に、アデスは嫌な予感に襲われる。

 だが、これで最初で最後なのだ、と思い直した。

「…大人を…からかうな…!」

 固く握りしめた拳が震える。ラウもさすがに眉を寄せた。

「…アデス…。」

 ラウはアデスの元に戻り、その肩に手を置いた。そして、慰めるようにさすってやる。

「…君のせいではない。」

「分かっている!

 だが…俺は、何も知らない…。それは、罪だ…。」

「知りたいか?」

 アデスは顔を上げた。ラウがほほ笑む。

「本当に、全てを?知りたいと望むか?」

「…。いや。」

 肩に添えられた手を、優しくはがす。

「知ってしまえば、それしか見えなくなってしまうから。」

 ラウはその答えに満足そうにほほ笑んだ。そのまま、ゆっくりと後ずさる。曲げられていた腕が伸びる。指が触れるだけになる。やがて、ゆっくりと二人は離れていった。

 離れると、ラウはくすりとほほ笑みながら、ふわりと背中を向けた。髪がふわりとたなびき、まるで蝶のようだと、アデスはふと思った。しばし見惚れていたが、はっと気付く。

「待て。名前を…」

「いずれ聞くさ。」

 ラウは手を上げて去っていく。アデスはその背を、ただ黙って見送っていた。











 それから何年経ったかは覚えていない。

 様々な軍務をこなし、「俺」は「私」となった。だが、それほどの遠い時を生きても、あの時出会った、たった一人の少年の姿が、私の心から消えることは無かった。

 そして私は、新造艦、「ヴェサリウス」の艦長となった。

「ヴェサリウス艦長、フレドリック・アデス!参上いたしました!」

 アデスは緊張した面持ちで敬礼をした。プラント本国の本部に召喚されただけでも驚きなのに、目の前には高官が並び、こちらを見つめているのだ。今回宛がわれたヴェサリウスがプラントの技術の粋を集めて造られたことは知っているが、それにしたってこの歓迎ぶりは無いだろう…。

「御苦労。楽にしてくれて構わんぞ。」

「はっ。」

 内心、「そうは言われてもな…。」と思いながらも、アデスは手を降ろし、後ろで組んだ。

「今回君には、もう一人「隊長」がつく。」

「隊長、ですか…?」

「ああ。いやぁ、君がうらやましいよ。しかも、彼直々のご指名とはね。」

「は?」

 アデスは思わず間の抜けた声を上げてしまった。そして、カツカツと靴音がして、思わず固まる。

 その人物は、他に誰も着た者を見たことが無い白いザフトの軍服を着て、ぴたっとアデスの前で止まった。顔が引きつっている彼の前に、手を差し出す。

「クルーゼ隊隊長、ラウ・ル・クルーゼだ。初めまして、フレドリック・アデス艦長?」

「なっ…!」

 何で!?

 目の前にいたのは、あの少年が成長した姿に他ならなかった。あの白い仮面も、纏っている雰囲気も、顔かたちも、こちらをからかうような笑みも、全てが記憶の通りだった。

「アデス艦長。」

 つつかれて、はっと我に返った。強張る手を叱りつけながら、握手する。

「は…初めまして。ご高説はかねがね…。」

「君には期待しているよ。きっと私とは、相性がいいと思うんだ。どう思うかね?」

 ラウはにやりと笑った。アデスも何とか頬を持ち上げた。

「…自分も、そう思います。」

 側にいた高官は、何だかちょっと雰囲気がおかしいかな?と思いながらも、少し羨ましそうに二人を見つめていた。









「考え事か、アデス?」

 いつも通り、無重力に体を躍らせ、ふわりとラウがこちらを覗き込んだ。この年下の上司は、何故か自分の顔を見るのが好きだ。

 何だかバツが悪く、ふいっと顔を逸らした。

「いえ、まぁ…。あの時のお言葉はこういうことかと思いまして…。」

 ラウはひょいと身を起こして考え込んだ。普通ならばここで答えが出るはずが無いのだが、ここで合点がいくのがラウ・ル・クルーゼの恐ろしいところである。

「あぁ。あの時の、か。

 別に予想していたわけではないさ。ただ、そうなったらいいなぁ、とは思っていたが。」

「そうですか…。」

「イージス、負傷!」

 こんなのんきな会話をしていて今さらだが、今は戦闘中である。そして、結構状況は逼迫している。

「さて、では行こうかな。」

「隊長自ら、ですか?」

「こんな時でもないと、隊長なんて役に立たないからな。

 アデス。後は頼んだぞ。」

「はっ。お気を付けて。」

 アデスはほほ笑み、彼を見送った。

 これがヴェサリウスのいつもの光景。そして、必勝の光景だった。








スタイリッシュな.二人の出会いエピソードありがとうございます!
まだ幼さを感じさせる少年ラウと、大人なアデスとの運命的な出会いを
こんなカッコ良いお話で読めて幸せです〜(〃∇〃) !
武男さんのアデクル設定は
『 肉体的な接触はほとんどない、健全(?)アデクルです。(エロシーンが書けないだけなんですが)

設定としては、(ほとんどアデス視点ですが)
・アデスは38〜39.バツイチ。息子は九歳で、生まれる前に離婚しました。大人の余裕たっぷりです。
・身長は隊長と同じくらい。少し高いかな?程度。
・隊長と肩を並べるほどに強いです。まさに右腕。
・隊長に欲情しない唯一の人物。
・また、隊長が甘えられ、子供扱いできる唯一の人物です。
・独身貴族らしく、家事全般が得意です。特に料理はそれなりの腕。
・隊長の事情はほとんど知らないし、知ろうとも考えていません。その理由はいずれ・・・』
とのことで、大人な余裕のアデスと魅惑的な隊長との物語をたくさん紡いでいただけるのを
楽しみにしています!



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