小説 武男様
アデス×クルーゼ
平和の舞姫―――
「わー、綺麗だなー。」
ふいに、年若い上司が言った。彼が見つめる先には、大きな鏡のような貯水池と、ネオンと、大きな月があった。
確かに綺麗だ。
ラウもアデスも、しばしその光景に見入った。と、突然ラウがガードレールをひらりと乗り越えた。
「あ…。」
下は草の茂った斜面だった。それを滑り降りて、池の端に立つ。アデスも飛び降りた。
ところが彼は、ふいに貯水池へと飛んだ。
あっ!
と思ったが、彼はふわりと池の上に立った。そう言えば、中にはガラスが入っている場所があって、その上を水が覆っているのだっけ。
とは言え、水の張ったガラスの上に立っているのだから、水の上に立っているようにしか見えない。
何をするのかな、と見ていると、突然彼は舞い始めた。水音をさせながら、風に舞うように、軽やかに飛んでいる。
アデスは息をのんだ。
動くたびに、ふわりとした金髪はきらきらと輝き、ネオンがちらちらと瞬く。人口と天然の光に照らされた彼の体は、この世のものとは思えないほどに美しかった。
「どうだ、アデス!」
ふわりと止まって、彼は聞いてきた。アデスはほほ笑む。
「ええ。とてもお綺麗ですよ。お見事です。」
彼は嬉しそうに笑うと、私のために再び舞い始めてくれた。
まるで“平和の舞姫”だな。
プラントには“平和の歌姫”がいた。だが、彼女よりもむしろ、今舞っているこの人の方が、よほど平和を訴えかけているように見えた。
この笑顔を、この美しさを、炎で壊そうと思うだろうか?壊せるだろうか?
ラウはたん、と上へ飛び上がった。アデスの見る角度からは、ちょうど月を背負っているように見える。
このまま時間が止まりますように。
アデスは舞い続けるラウを見ながら、神へと祈った。
アデスは、軍人となったその日から、神へと祈るのをやめた。神が与えたもうた命を奪う仕事をしている自分が、神の慈悲を乞うことは出来ない。だが…
綺麗なのだ。彼も、世界も。
彼に汚いものは似合わない。血も硝煙も、本来なら彼には相応しくないのだ。
彼に相応しいものは、ただひたすらに美しいものだ。
このまま時が止まってしまえば…。
彼は醜い世界に帰ることはない。このまま、美しい世界の中で…
だがそれは叶わぬ願い。それはアデスもよく分かっていた。だからこそ願ったのだ。これが私の出来るせめてもの抵抗。世界に傷すら付けられない。それでも願おう。
彼の幸せを。
アデスはラウを見た。それに気付き、ラウがほほ笑みを浮かべる。
どうか彼に、今日と同じ幸せを―――。