小説・イラスト 武男様
アデス×クルーゼ






夢で逢いましょう―――


 まるで泥のように重い体を、少年はベッドに横たえる。頭はがんがんするし、枯れ枝のように細い体にはてんてんと朱い跡が付いていた。

 月光に照らされたその体は白く、痛々しい。だが、少年はほほ笑んでいた。

 大人でさえ絶望し、神を呪うような仕打ちを受けても、少年は笑って眠るのだった。

彼に逢える―――

 その希望に胸を躍らせながら。


 少年は夢の中ではいつも、月の照る草原にいた。ただその月はおかしくて、夜のはずなのに辺りは昼間のように明るかった。そして、服も違っていた。

 少年は夢の中では、今までに見たこともない真っ白な服に身を包むのだ。それはきれいで、とても立派で、少年を誇らしい気持ちにさせるのだった。

「ラウ。」

 少年はうれしそうに振り返る。

 そこには茶色い髪をした年上の青年がいた。同じような服装だが、真っ黒な服を着ている。
 青年はいつも、今まで見たことも向けられたこともない、柔和なほほ笑みを浮かべていた。

「わーい!」

 ラウは駆け出し、青年に抱きついた。青年はまるで木のようにラウを受け止める。

「わー、君の匂いだー!」

 ラウは青年を決して名前で呼ばない。初めて会った時に教えてもらったような気もするが、どうしても思い出せなかった。
 青年もそれを咎めることがなかったので、ラウはずっとそう呼んでいた。

 身を離すと、青年は大好きなほほ笑みを浮かべてラウを見た。

「遊ぼうか。」

「うん!」

 青年がラウの手を握り、二人は駆け出した。


 二人はいつもここで月が沈み、太陽が昇るまで遊んだ。これは夢。だがそれこそが、ラウの唯一の救いだった。
 花をむしり、投げ上げたり投げ合ったりして遊んだ後、花の冠を作ることにした。

 ラウは苦戦していた。毎回作るのだが、一度もうまく作れた試しがない。

「うー…。」

 呻っていると、もう自分の分は作り終わっていた青年がクスッと笑って、花を取り上げた。

「貸して。」

 そして、どう作るのかを教えながら、あっという間に作り上げてしまう。ラウはそれをじっと見て、何とか覚えようとした。

 青年は何でも教えてくれた。
 頭の上に広がる青い天井が、「空」であることも教えてくれた。
 ラウはそれを聞くのをためらっていたのだ。「知らない」と言うと、周りの人たちはみんな怒ってラウをぶつから。だが、どうしても知りたくて、怒られることを覚悟で聞いてみたのだ。
 そうしたら、青年は笑って、ぶつことなく教えてくれたのだ。

 ラウはそれから何でも青年に訊いた。そしてどんなくだらない質問でも、青年は笑って教えてくれた。
 教えられるのが嬉しくて、青年の笑顔が見たくて、ラウはとにかく何でも質問した。

『これは何?』
『あれは何?』
『花はどうしてこんな色をしているの?』
『空はどうして青いの?』
『太陽とお月さまはどうして一緒にいないの?』

 だが、一番訊きたいことを訊いたことはない。

『どうして君はそんなに優しいの?』

「はい。もう一度作ってみる?」

 作り終え、青年が聞いた。ラウは大きくうなずく。

「うん!」

 そして自分一人で一生懸命作った。青年はそれをほほ笑みながら見つめる。

 やがて悪戦苦闘して、不格好ながら、何とか花冠を作りだした。

「出来たー!」

 ラウは喜び勇んで青年に見せた。青年は相変わらずほほ笑んで、ラウの頭を撫でた。

「上手にできたね、ラウ。」

 ラウはくすぐったいような笑みを浮かべた。褒めてくれるのも、名前を呼んでくれるのも、この青年しかいない。

 青年はラウから花冠を受け取ると、かぶっていた帽子を脱いで、代わりに花冠をかぶった。それを見て、ラウが帽子を取ろうとする。

 青年はちょっと驚きながらも、ラウに帽子を渡した。ラウはそれを頭にかぶる。いつも青年がそうしているように。
 ラウは青年ににかっと笑った。青年も笑い、ふいに後ろに倒れた。手を頭の後ろで組む。ラウもそれにならった。

 二人はしばらく黙って、雲が流れていく紺碧の空を見ていたが、やがて寝てしまった。


「ラウ。起きて。時間だよ。」

 青年の声に、ラウは跳ね起きた。月はだいぶ傾いてしまっている。

 同時に、どうしようもなく胸を締め付けられた。月が落ちるということは、太陽が昇るということ。この夢が、終わってしまうということ。

 いつもなら、この感情を何とかなだめて、去って行く青年を見送る。だがこの日は、どうしても出来なかった。

「…太陽なんて、昇らなければいいのに…。」

 初めて出た本音。青年は瞬きすると、地平線から姿を現そうとしている太陽を見つめた。

「…そうだね。そうすれば、ずっと一緒にいられるのに。
 でもね、ラウ。これだけはどうしようもないんだ。月の次に、太陽が出る。それはこの世界の変えることのできない決まりだから。ごめんね、ラウ。」

 ラウは首を振った。彼のせいじゃなかった。

「…だったら、このまま死んでしまえたらいいのに。」

 青年は目を大きくした。ラウは顔を上げる。その瞳には、涙がたまっていた。

「僕ね、僕…あと二十年生きられるかどうかなんだって。よく分からないけど、すぐに死んじゃうってことでしょ?
 …だったら、今がいい。」

 ラウは次の瞬間には泣き叫んでいた。

「このまま、夢の中のまま死んじゃいたいよぉ!このまま…このまま、君がいる中で眠れたら…そうしたら幸せなのに!
 君だけと一緒にいれるのに!君に抱かれたまま…終われるのに…。」

「ラウ…。」

 ずっと思ってきた、願ってきたことだった。夢を見るたびに、青年の優しさに触れるたびに、「このまま終われたら…」そう思っていた。そのたびに裏切られて、でも夢の中では彼に逢えて。
 でも限界だった。

「誰も僕を必要としない、誰も僕に笑ってもくれない!どうしてそんな中で生きなきゃいけない!終わりを願って、何がいけない!」

 血を吐くような叫び。その叫びごと、青年はラウを抱きしめた。腕の力と、暖かい温度。それらが、ラウを満たして、鎮めていく。青年は離れた。
 ほほ笑みを浮かべてラウを見る。それはラウが一度も見たことのないほほ笑みだった。それなのに、どうしようもなく、

悲しかった…。

「…ラウ。そんなこと言っちゃ駄目だ。ラウが死んだら、俺…もう二度とラウに逢えなくなっちゃう。だって俺、生きてるんだ。ラウと同じように…。」

「え…?」

 ラウの頬を涙が伝った。知らなかった。彼が自分と同じ、「生きていた」なんて。彼も、夢を通じてラウに逢いに来てくれていたことに。

「だからラウ。そんなこと言わないで。俺…ラウに逢えなくなるのは、いやだ…。」

「僕だって…僕だっていやだよ!そんなのいやだ!君と会えなくなっちゃうのはいやだ!」

「でも、これももう終わり。もう夢の中でラウに逢うことはできない。」

「…っ!」

 ラウは血の気が引くのを感じた。殴られたっていい、ののしられたっていい。でも、青年に逢えなくなることだけはいやだった。誰が何と言おうと、それだけはいやだった。

「でも、必ず逢える。生きてさえいれば、俺が必ずラウを見つける。そしてずっと一緒にいる。」

 ラウは涙がなくなっていくのを感じた。

「ずっと…?」

「そう、ずっとだ!もう太陽が昇っても別れなくていい。もう月が昇るのを待たなくていい。ずーっと一緒だ!」

 青年は手を広げ、笑顔で言った。太陽が青年の背を照らし始めている。

「…いつ?」

「それは…分からない。俺たちの間には、こんなに多くの障害があるから。」

 青年は辛そうに言った。草原に、黒い恐ろしい石の壁が、数え切れないほどたくさんそびえた。だが、青年は笑った。

「でも、必ず迎えに行くよ。どれだけ時間がかかろうと、どれだけ傷つくことになっても、必ずラウのところに行く。必ず行く。
 もっともラウがそれを望めば、だけど…。」

「そんなの…そんなの望むに決まってるじゃないか!」

 ラウは青年に抱きついた。その体が消えないように、必死に抱きつく。

「逢いたい、逢いたいよ!本当は今すぐにでも逢いたい!迎えに来てもらいたい!でも無理なら…待ってる。
 ずっと待ってる。生きて待ってる!」

 青年はほほ笑んだ。優しくラウの体をはがす。肩に手を置いて、もう一度言った。

「必ず行く。約束だ。」

 小指を差し出す。ラウも小指を差し出した。何をするのか分からなかったので見ていたら、青年が小指を絡めてきた。ラウも小指を絡める。
 太陽が地平線から顔を出した。

 名残惜しいが、お別れの時間だ。

 青年はゆっくりと立ち上がる。

「なるべく早く行くよ。だから、待ってて。
 じゃあね!ラウ!」

 手を振って、青年は太陽へと歩いて行った。光が瞳を突き刺す。

 その記憶を最後に、ラウは起きた。そして二度と、その夢を見ることはなかった。


 だが、ラウの中での「生きる」という意識は、やがて目的を忘れてしまった。そして辛い記憶は、違う目的を彼に与えてしまった。

 むしろ、こんな約束などしなければ良かったのかもしれない。

だが…

 だが、消えかかった少年の命を繋いだことが、罪に問えることなのだろうか?

 許されないことなのだろうか?

 少年の命と願いを踏みにじる。それが出来る者は確かに、「英雄」だろう。結果だけを見て、少年の笑顔を吹き消すことが出来るのだから。

 それが出来ない者はどうすればいい?

 「生きたい」と願うことは、そんなに罪なのか?

 それとも、神から与えられた命でなければ、生きる資格はないのか?

 誰もその問いに答えを出すことはできない。

 ただ、この時この瞬間、彼は生きる希望と目的を持った。

 それだけは、確かなのである。




 「ラウがまだ研究所にいた頃のお話として書きました。ラウが、あれほどまでに生に執着し、復讐を遂げたかったのか、みたいなところをテーマとしています。
 子どもの時にした「生きる」という約束。それがずっと根底にあって、「何のために生きるのかは分からない。だが、生きなければならない。」という思考になったのかなぁ、と。そしてやがて、「復讐のために生きなければならない。」となったのかなと。」

研究所時代の少年ラウ…切ないです… 
けど生きることで“彼”に出会えたことが、唯一の救いになる…
そんな予感の夢に救われます
素敵なお話とイラストありがとうございました!



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