小説 武男 様
アデス×クルーゼ







これからの道―――


 アデスはこじゃれたレストランの前で待っていた。寒い日で、手を息ではーっと温める。

「食事に行かないか?」

 誘われた時のことを思い出し、アデスは自然に笑みを浮かべていた。

 本部へ報告をした後だった。ラウがふいにこう言ったのだ。アデスはちょっと面食らう。

「食事、ですか?」

「そうだ。最近近くに美味しい店が出来たらしい。ほら、これだ。」

 一体どこに忍ばせていたのか、雑誌を見せてきた。見てみると、付箋が貼られた場所に、確かにレストランの特集が組まれていた。

「イタリアンですかぁ。」

「特にパスタ系が絶品らしい。トマトのパスタが特にお薦めらしくて、量も多めらしいぞ。」

 付箋には、「アデスと行く!」と綺麗な字で書かれていた。どうやら消したらしいが、アデスは目ざとく気付いてしまった。アデスは思わずほほ笑む。
 いつもは無表情な上司の顔を見ると、不安と期待がかなり入り混じっていた。それがかわいくて嬉しくて、アデスは笑う。雑誌を閉じると返した。

「ええ。行きましょう。楽しみです。」

「本当か!?」

 ラウは心底うれしそうに笑った。最近この人は本当に表情が豊かになってきた。いや、自分が気付くようになっただけか。白い仮面で常に顔を隠すこの人を、他の同僚は皆、「何を考えているのかさっぱり分からん。」と言っていたのだから。

 自分には、天気を予想するよりも簡単なことなのだが。

「じゃあ待ち合わせは…。」

「この店にしましょう。場所は覚えました。」
 アデスの特技の一つに記憶術がある。何でもかんでも覚えられるわけではないが、航宙図を的確に把握しなければならない仕事の関係上、目に付いたもの、特に大切な事柄を一瞬で覚えることができた。

「ほんとか?すごいな。
 じゃあ、予約は私がしておこう。時間は…6時でいいか?」

 今は3時。丁度いい時間だ。

「分かりました。では6時に。」

「ああ!じゃあ6時に!」


 跳ねながら走って行ったラウの後ろ姿を思い出し、アデスは声を忍ばせて笑った。
 こんな冴えない中年と食事をするのが、そんなに嬉しいことかなぁ?むしろ、反応としては逆だろう。

 楽しみに待っていると、ふいに声をかけられた。

「フレッド?」

 自分をファーストネームで、そしてこの愛称で呼ぶのは、たった一人しかいなかった。振り返ると、そこには、かつての「妻」がいた。

 少し老けたが、それはお互い様。化粧も濃くなったが、年相応だろう。驚いたときによくしていたように、口を手で覆って、目をまん丸にしている。

「ルイーズ…。」

 アデスは無意識に妻の名を呼んでいた。妻はようやく驚きを収める。

「…覚えていたのね…。」

「…忘れられるか。」

 自分を捨てた、いや、見限った女だ。子供が出来た途端、書置きも残さずに出て行った。その原因は自分だ。だから恨んではいない。しかし…これ以上どう接してやれば…?

 アデスは吐き捨てるように言った。ただ、それほど強い口調ではない。アデスは、ラウと入る予定だったレストランを指さす。

「とりあえず、中に入ろうか。寒いだろう。」

「え、ええ…。」

 二人はレストランの中へと入って行った。


 特集記事の内容通り、中も素晴らしかった。照明は暗めに設定されていて、調度品や絵画、かすかに流れる音楽などは、どれも落ち着いていて、これからを期待させるものだった。
 大人の店とは、まさしくこういうところだろう。

 とはいえ、関係が関係だけに、二人の間には重い空気が漂っていた。

「写真、ありがとう。」

 切り出したのはアデスだった。ルイーズは穏やかな声色に顔を上げる。アデスは懐の定期入れから、一枚の写真を取り出した。それは、9歳になる息子の今の写真だった。

「まさか、本当に送ってくれるとは思わなかったよ。」

 ルイーズはうつむく。
 かつて一度だけ、アデスは彼女に電話をかけたことがあった。離婚して9年。もう新しい旦那がいるだろうし、何より息子は自分を知らないのだから、かなりの迷惑になることは分かっていた。だが、どうしても欲しかったのだ。自分が生きた、遺した証が。それだけで、満足できるから。

「…あなたの、息子だから…。」

 彼女の声は震えていた。きっと、最近夫とは上手くいっていないのだろう。
 何を言われたわけではないが、彼女の様子を見て、アデスはたやすく事情を察した。相手は中小企業の営業担当だという。今は戦時下だ。軍需産業でもない限り、景気はかなり厳しい。だから、自分にすがりたくなってしまったのだ。

「…この頃、後悔するの。夫は帰りが遅いし、息子は妙に大人になってしまって…。気遣いが逆に重くて…。
 夫はいい人よ。いい人だけど、だからこそ私に頼ってくれないの。だからって、一人で立てるほど強くはないし…。
 あなたと離婚していなかったら…って、最近そんなことばかり考えるの。あなたは、優しかったから。どんなに疲れてても、ストレスで私が怒鳴り散らしても、あなたは受け入れてくれた。どうして私…あなたに付いて行けないなんか…。」

 彼女の華奢な体が震えた。アデスはその頭を優しく抱いてやる。そして、あやすように優しく諭してやった。

「…仕方がないさ。君のせいじゃない。
 私は、一年の大半を宇宙で過ごす。子供が生まれたって、それは変わらない。一番支えて欲しい時に、私はいない。そんな状態で、私に付いて行くことなど無理さ。
 君は正しかった。だがね、一人で頑張る必要などないんだ。甘えればいいじゃないか。時には怒鳴ったっていいじゃないか。寂しいんだって。もっと私を頼ってくれって。そのための夫婦じゃないか。
 大丈夫。君は強い。絶対に大丈夫。」

 ルイーズはアデスの胸にすがって泣いた。アデスはその背を慰めるように撫でてやる。

 …やっぱり自分は、まだ彼女に惚れている。

 アデスは苦い思いで悟った。

 今の言葉はすべて、一夜の関係をにおわせるための嘘だった。彼女を振り向かせようとする酷い口説き文句。打ちひしがれている彼女に、これは堪えるだろう。
 まったく、酷い男だ。

だが…それでもいい。それでいい。
執着するものがなければ、自分は何をするかわからない。
体は君に。だが、心は彼に捧げよう。

そして…どちらが大切かは、君には分かるよね?

 アデスはルイーズを離した。椅子に座らせる。晴れやかな笑顔を向けた。

「すまないが、私は君を支えることは出来ない。これでお別れだ。」

 彼女の瞳から涙が落ちた。だが、アデスは謝らなかった。

 しっかりとした足取りで出口へと向かう。途中ウェイターに、二百ドルを握らせた。

「これで買えるワインを彼女に。それから、一ヶ月後に同じ席を。名前は“アデス”だ。」

「は、はぁ。承知いたしました。」

 アデスは外へ出て行った。

「隊長!」

 見慣れた背中に呼びかける。一瞬その小さな背がびくっと震え、こちらに振り返った。

「すみません。お待たせしました。」

「いや、私は…。それよりお前、いいのか?奥さんと…。」

「話すべきことは終わりましたから。
 それより隊長。趣向を変えて、今夜はラーメン屋に行きませんか?」

「え?…別にいいが、私は豚骨は…」

「もちろん醤油も美味しい店ですよ。
 ちょっと小汚いんですが、一度隊長と行きたいと思っていたんです。構いませんか?」

 ラウはゆっくりとほほ笑んだ。

「ああ。お前が薦めてくれた店で外れたことはないからな。」

 二人は手と手を握った。互いに伝わる体温が、外の冷たい空気まで暖めるように、信じられないほどに暖かかった。


 



武男さんからのコメントです↓
「ラーメン屋は私の趣味です!
 アデスはまだ奥さんを愛しています。ですが、それ以上に大切な存在がラウ。…というテーマのもとに書いてみました。
今回は予想以上にナイスミドルになりました。」

はうはうvvv隊長可愛いです〜vvv
アデスとのデートを楽しみにしちゃってるし
元夫妻のそんな場面に遭遇して遠慮とかしちゃって!
アデスに甘えまくりんぐな隊長に幸せいっぱいです!
ラーメン食べたくなりました〜(≧□≦)はうはうvvv隊長可愛いです〜vvv
アデスとのデートを楽しみにしちゃってるし
元夫妻のそんな場面に遭遇して遠慮とかしちゃって!
アデスに甘えまくりんぐな隊長に幸せいっぱいです!
ラーメン食べたくなりました〜(≧□≦)


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