小説 武男 様
アデス×クルーゼ
信頼―――
アデスは艦長室で目覚めた。まだシフトの時間ではないが、やることはたくさんある。見つけてもいい。
これは、長い艦長生活の中で染みついた癖であり、アデスにとっては一番充実した時間だった。
身を起こして敷き布団に手を置いた。その途端、眉をひそめる。
最初に感じたのは、絹糸のような滑らかな感触だった。
懸命に記憶を辿る。だが、思い当たるものは全くなかった。
…おかしい。昨日は何はとりあえず寝てしまったはずだ。
珍しく上官からの邪魔も入らなかったし、思う様に惰眠を貪ろう。
と、喜んでいたはずだ。
ザフトの英雄と言われる自分の上司は、かなり変わっていた。
非番になると決まってアデスを呼びつけるか、部屋に押し掛ける。そして思う存分からかって、時間を見事に潰してしまうのだ。
昨日は、本当に珍しくそんなことが無かった。だから油断していたのに…!
そろりそろりと目を移す。シーツの上に躍る金色の髪が見えた。それが見えた瞬間、九割方アデスは事情を理解した。
いや、待て待て。まだそうだと決まったわけではないではないか。
前に寝た時に、たまたまこんなに抜けてしまって、そのままになっているだけかもしれないじゃないか。
……かなり失礼な納得の仕方である。だが、こうでも思わなければやってられないというのが正直なところだった。
そろりそろりと慎重に、布団を下へと移動させる。果たしてそこから覗いたのは…。
アデスは布団を戻した。
あぁ、うん。だよね〜。
「……!!」
アデスは頭を抱え込んだ。そして今ので起きたのか、「それ」は少しだけ布団をどかして、こちらの様子をうかがってきた。
そこにいたのは、件の上司だった。相変わらず素顔は仮面で隠されていて分からないが、きっと裸で潜り込んできたのだろう。
ちらりと目をやれば、机に白い軍服が掛けられていた。
アデスは少しほっとする。幾らなんでも裸でここに来たわけではないようだ。
いや、それにしても…!
何でこの人は寝る時に服を着ないんだ!?初めて見た時にも驚いたものだ。
突然服を脱ぎだし、寝ようとしているこちらに意味ありげにほほ笑みかけられたら、上司だとか部下だとか、男だとか女だとかも抜きにして、誰だって死ぬほど焦るだろう。
結局、ただ単にベッドに潜り込んで眠るだけだと知ったが…。
まぁ、服を着て眠る時もあるようだし、何より一緒に寝ようという気になってくれるのだから、かなり信頼されてはいるのだろう。
それは、顔が赤くなるほど嬉しい。だが、毎度のことだがこれは無いだろう!
寝起きドッキリにしたって酷すぎないか!?
ちらっとラウの顔を見る。何を考えているのやら、相変わらず分からない。だがその顔には、笑みは浮かんでいなかった。ただじっとこちらを見ている。
アデスはもう一度寝たと判断し、溜め息をついてから動きだした。だが、ふいに腕を掴まれ、引き寄せられる。辛うじてベッドに肘をついて、倒れるのだけは防ぐ。
ラウが、からかうようなほほ笑みを浮かべ、秘め事のようにつぶやいた。
「…まだ時間はあるだろう?」
それは確認のようで確認ではない。要するに、こう言っていた。
時間まで私に付き合え―――。
アデスは諦めて目を閉じた。命じられては仕様のない。
再び布団に潜り込むと、黙って華奢な腕に重い手を置いた。彼は満足したように鼻を鳴らし、布団を引き寄せた。
まだ出ている白い肩を見つけて、アデスは布団をきちんとかけてやった。再び腕に手を置く。
ふと、白い仮面に目を留める。
外そうと手を伸ばしかけたが、結局やめた。付けたまま潜り込んだということは、つまりそういうことだろう。
信頼されてるんだかされてないんだかな。
アデスは冴えた頭でそうつぶやいた。だが、自分たちにはいいのかもしれない。
誰かを大切に思う時。その人を護ろうと思う時。全てを知る必要はきっとない。
知ったからと言って、自分の想いが変わることはないだろう。だが、同じではいられないと思うのだ。それならきっと、知らないほうがいい。
時にそうした思いは暴走することがある。そして、本当に大切な人を傷つけてしまう。アデスも若い時にはそうした間違いを冒したことがあった。その度に後悔して、それでもやめられない。
この年になってようやく、“知ろうとしない優しさ”があることを知った。しかしそれは、冒険しない優しさだ。
決して一番にはなれない。いつかこの手を離れて行く。そして、その危険を冒した者によって、遠くへと連れて行かれてしまうだろう。
だが、それでいい。
いつかまた傷ついた時に帰って来れる。ほんの少し肩に止まって、休んだらまたはばたいていく。そんな止まり木になれればそれでいい。
年月が人を“大人”にさせる。これは自分が年を取ったということ。だがそれが今は嬉しい。
この人にとってはそれが必要だから。だから、信じてもくれるのだろう。
ラウがむにゃむにゃ言いながら、胸に顔を埋めてきた。アデスは苦笑して、頭を軽く撫でてやった。
穏やかだった。
まさかこの年になって、他人のために生きたいと思うとは。人間なんて、分からないものだな。
アデスは、静かに眠りについた。