「終焉に捧げる星」シリーズ
小説 紫水様


『プラントに降る雪』

「雪を選ぶ〜ムウ・ラ・フラガの場合〜」












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  今は戦うしかありません。夢を見る、未来をのぞむ。
  それはすべての命に与えられた、生きていくための力です。

  何を得ようと夢と未来を封じられてしまったら、もう私たちは既に滅びた者として、ただ存在する事しか出来ません。

  すべての命は未来を得る為に戦うものです。
  戦って良いものです。

  だから、私たちも戦わねば、今を生きる命として。
  私たちを滅ぼそうとするものと、議長の示す死の世界と。







ここに生きている「夢を見ること」も、「未来を望むこと」も出来ない存在は、何だというのだろうか。

「夢を見ること」、「未来を望むこと」は、「命に与えられた、生きていくための力」というならば、
未来を望めぬものは、もはや人ではないということか・・・・

その哀れな人の紛い物の存在がなぜ生み出されたのか・・・・
原因は何なのだろう・・・

「戦って良いものです」という唇で、

「この悲しい存在はなぜ作られるのでしょうか?」
「許せることでしょうか?」

と一言世界中に問うて欲しかった・・・
たとえそのような存在は眼中になくとも・・・




すべては人の欲望から生まれたもの、欲望の結果、最高のコーディネーターが生まれた。
だがその存在は言う。

『ただの人』だと・・・・あまりにも傲慢な言葉。
人の紛い物はなんと聞いただろう。

ここまで生き残ったのはあくまでも偶然と言うのだろうか・・・・
先の大戦でも多くの知り合いを亡くしながらも生き延びて来た・・・・

そして、君を作り出したい一心の父親は、人の道を踏み外した。

僕は知らない、僕のせいじゃないと言うだろう。
確かに、生まれて来たくて生まれて来たのではないだろう・・・・

だが、父親は自分の子供の為に、許されてはいない、人ではないものを作り出した・・・・
人の欲望のなんと果てしないものか・・・
自分の欲望の為に資金提供者の望むまま、その才能を使い、生み出した・・・

コーディネーターでさえ受け入れ難い、と、闘争の火種になるほど。
ましてやクローンなど全人類がまだ認めてはいない・・・・
愚かな欲望を抑制できないナチュラル・・・・

スーパーコーディネーターと教えられた彼は、自分で望んではいない生だから
何もせず、ただ波を、寄せては返す有様を見つめていただけなのだろうか・・・・

彼女が殺されそうになり戦いに戻ったと言った。

彼はあの先の大戦で知った、罪無き悲しい存在を覚えていたはず・・・・
だが・・・未来を望めぬ存在を、彼は2度も手に掛けた。

情け容赦なく戦った・・・・戦いたくないと思っていたはずだった・・・・
だが戦いの女神のような彼女の言葉に導かれ、戦士となった・・・・


二人目のラウ・ル・クルーゼには、君は君だ。
他の誰でも無い、君自身を生きろ、命を大切にしろ、と言いたかったのだろう・・・・

世界を遺伝子で縛り付ける議長を亡き者とするために乗り込んだメサイアで、代わりに手を汚してもらった。
泣き伏す少年が先ほどの戦い相手だと知っていたのか?
知らなかった・・・
だが、相手の少年は声を掛けたキラ本人だと知った・・・

ならば、代わりに討ち殺してくれた少年兵に感謝の言葉を与えよ。

手を差し伸ばし、共に生きようと声を掛け、連れて行け!

だが、何もせずただ見つめたまま・・・
自ら立ち上がらない者、敵と認識した者には・・・
――スーパーコーディネーターのキラは・・・・・・そのまま立ち去った。



そして沢山の命が失われた、ユニウスセブンよりも・・・幾つもプラントが壊れて・・・・
比較しようがないほどの人の命が喪われて、戦いも終わった・・・

この死者の数も議長の思惑のうちだったというのだろうか・・・・?
また墓標の数だけ悲しみと恨みが増えていく・・・
からの墓石の上に果てない人々の、怨嗟だけが降り積もる・・・・



戦士は束の間の休息に入った・・・・・
キラ、アスラン、そして、ムウ・・・・


『だが、勝てないものもある・・・・』

誰が言った言葉だっただろう・・・・休息も惜しんで戦った男が言ったのだ。

「もう、いい、これが我々の運命・・・」

人として生まれなかった紛いもの達の休息は・・・ただ、『死』のみ・・・
――静かな眠りを彼らに与え給え・・・








白い壁と天井、床は綺麗で、ベッドの横に写真が4枚少し引き伸ばして貼ってあった。

それは白いザフトの士官服に身を包み仮面をした金髪の男の写真が一枚。

もう一枚も同じく肩を覆うほどの長い金髪の青い目をした、人形のような整った顔立ちの美少年。

その少年と同じぐらいの年頃に隠し撮りされたような、良く似た顔立ちの少年が二人。

少し色が変わってきてはいるがやはり金髪と思える少年の物が一枚。
これがこの中では一番古い。

いずれも同じ色合いの金髪で、同じ色合いの青い瞳を持っていた。
顔の輪郭から目鼻立ちも良く似ていて、兄弟より似ていてまるで三つ子と呼んで差支えが無いほどだった。

同じ年頃の少年達の写真が三枚。違うところは写真の撮影の日付だった。
4〜5年前の物から、15年ほど前の物、50年近く前と、どれもが別人である事を現していた。


じっと少年達の写真を、この部屋に来るたびに感慨深げに眺める男。

「君達親子は・・・本当に罪深い・・・」

ムウの肩がビクリっと揺れた・・・・だが顔を上げる事は無かった。

「さてどのような感じかな?毎日夢を見るんだって?」

ソファに腰を掛けながら、前に座って少しうなだれている男に声を掛けた。
男は俯いたまま話し始めた。

「俺は、歌姫の言葉に従って戦った。本当は、自分の血との決着を付けるはずだった。」

「俺と戦う事を望んだ存在が、あの写真のザフトの男だ・・・・」

俯いたままゆっくりと言葉を噛み締めるように語りだす。

「夢を見る・・・夢の中で確かに名前を呼ぶんだ、そうすると身体の中から喜びが湧き出るんだ・・・・
鮮明に夢の中では、名前も顔も知っている、海で遊んだあの楽しかった夏の日まで思い出せるんだ・・・」

少し熱を帯びた、力の入った声になる。

「奴の夢に俺が出て来るのだろうか・・・・俺を覚えていてくれたらいい・・・・」

「白い手に貝殻を乗せてやったこと、自転車に乗せてやったこと、乗り方を教えたこと。
そして抱き合ったんだ。大好きだと。大切に思った。確かに。そしてキスした。
その時の気分まで思い出すんだ。嬉しかった。幸せを感じていたんだ。」

男に向かって顔を上げて微笑んで告げる。誇らしげに楽しかったときの事を・・・

「ああ、そうだ、ずっと一緒だよと約束までしたんだ・・・」

大切な思い出を胸に抱え込むように、両の手で何かを守るように丸く合わせる。

「彼に出会いたい・・・夢で見るほどに出会いたい・・・・
彼も俺の事を思い出してくれていればいい・・・出会いたい・・・」

眼を閉じ祈るように言葉を紡ぐ・・・・
「あの子に出会いたい。そうだ一緒に住んで、一緒の学校に秋になったら行こうと約束したんだ。」

「泣いたんだ・・・嬉しいって、守ってやろうと思った・・・・

「だが、彼は君と戦って、更に、キラ・ヤマトに撃たれた。」
「えっ?」

ただ思いがけない返事を聞き、呆然と眼を見開いたまま、声を失った・・・・

そして更に話は続いた。

「何度も君はこの青年と刃を交えたそうだ。
その度に引き分けて、最後のヤキン・デューエでの攻防戦で戦い、それでも決着を付けられなかった。
その後君が彼よりも先にアーク・エンジェルを庇って死んだ。
君の代わりに、現オーブ軍キラ・ヤマト准将が討ち取ったそうだよ。」

「俺が・・先に戦死?」

絞り出したような声がした。

「あ・・・じゃあもう、出会いたいのにいないのか?」

「ああ、何も残ってはいない・・・」

「あ・・・いない?まさか。――まさ・・か・・」


更に大きく目が開かれて来た・・・・握られている拳が震えて来た。連絡があった症状がここで出て来るのか?
急に大きな声を張り上げた。頭を押さえ全身で身悶えしながら何かわめき出した。

「わああああ・・・・そうだ・・見捨てたんだ・・・見捨てて、本当は約束したんだ・・
奴は撃たれたがっていた・・
復讐のために俺を探していたんだ・・俺は何とかしてやるつもりだったんだ・・本当だよ・・・」

「俺は・・俺は・・・ずっと愛してやると言ったのに・・・なぜ・・・奴を忘れたりしたんだ・・・」

「奴はずっと俺を求めていたんだ。なのになぜ・・・なのに俺は、ああ・・奴をなぜ見捨てたんだ・・
許してくれ〜〜〜!!悪かったよ、わあわあああ〜〜〜〜〜」
「・・ああああ・・・ああああ・・ああ・・あ・はあ、はあ、は、は、ああ・・」


頭を抱え身をよじりわめく様子を、じっと見ていた男を押しのけてムウに近づいた人影。

「ムウ!しっかりして!ムウ!私よ!判らないの!」
「ムウ!!」

彼女だという女性を連れて来ていた。
黙って部屋の隅で様子を伺っていたが、たまらず駆け寄って来た。

だが、彼女を見て気が鎮まるどころか、かえって気の昂ぶりがぶり返した。

「わああ・・・来ないでくれ、君達を助けたんだ!これ以上、奴との中に入って来ないでくれ!
わあああ・・・・来ないでくれ〜!!ああああ・・ううう・・・」

ソファから立ち上がって手を振り回し空気を掻き回していたが、頭を抱えて蹲った・・・・

監視カメラに向かって男は頷くと、予定通りに白衣の男が入って来て、腕に注射をする。
鎮静剤でしばらくはまた静かに眠るという。

「申し訳無いですな、ラミアス嬢。ここまでご足労願ったのですが・・・・」

「いいえ、私を必要と仰ったのが判りましたわ。このようなムウを見るのは初めてです。」

「しばらく滞在して彼を励ましてやってくれませんか。
ここ数日このような有様で、薬がないと眠れないようですから。貴女になら少しずつ心を開くかも知れない。」

「勿論そうさせてていただきたいですわ。」

「では、こちらへ。」
ムウのいる部屋から長い廊下を歩き、別棟の応接室に通された。
どうやらフラガがいる建物は結構深い森の中ではないかと、ラミアスは移動しながら、窓の外などを見ながら考
えていた。

「ラミアス嬢・・・フラガ大尉と共にお暮らしとお伺い致しております。そこでですが・・・・」

お茶のセットが置いてあり、手際よくお茶を入れる様子を眺めながら、ここまで自分が出会いに来た事を思い返
していた。





この男に出会ったのは一週間前。近くの空軍基地の応接室だった。

オーブからチャーター機のような、所属不明機に乗せられ、パスポートも何もなく見一つで街を出た。
まさか、そのまま太平洋を越えるとは思わなかった・・・・多分オーブのどこかの島だろうと思っていたのだ。

下ろされたのは、懐かしい地球連合の大西洋連邦地域の最大の空軍基地だった。
「なぜ!?」
「私を拘束したの?ただムウのところへ送りますとだけ言ったでしょう?待ってるのは、軍法会議?査問委員会
?」

「ムウ・ラ・フラガ氏のところですよ。」
「残念ながら体調不良で、今すぐに、は無理なようですので、しばらくこちらでご滞在をという指示が出ていま
す。」
「ここはよーく知っていますわ。ご心配なく。」

マリュー・ラミアスが士官学校卒業後初めて配属された基地だったからだ。

ここまで連れて来た金髪のフラガに似た体格の男は、上司にラミアスを引き渡した。

軍服を着ていない初老の男で、軍人よりも学者か研究者といった方がしっくり来るように思われた。
ムウを保護している軍のある研究所の室長と名乗った。

「マリュー・ラミアス殿。失礼しました。」
「現在はモルゲンレーテ社技師を経てオーブ軍のマリア・ベルネス殿と申し上げたほうが宜しいかな?」

「マリュー・ラミアスで結構ですわ。」

「率直に申し上げて、上手にあの前大戦でアラスカから逃げおおせたものですな?我々は長くMIA扱いになっ
ていたAA乗組員をお探ししておりましたよ。」

「ヤキン・デューエ戦でその姿を確認後、連絡をとる前にまた宇宙からいなくなりましたね。」

「そして、結婚式途中のオーブ元首の誘拐犯として姿を現されて全く驚きましたよ。」


「多くのご家族の方々から、お問い合わせがありました。」

「あのオーブの結婚式を中継していたTV画面に映った、MSはフリーダムで、先の大戦ではアークエンジェル
と共に戦った。機体だ。では今も、もしかしたらAAはどこかに潜伏しているのではないか!我々家族が心配し
ていることを伝えてくれ!!息子に娘に会いたい。」
という切実な願いがぞくぞくと来ましてね、全く往生致しましたよ。」

「軍のほうからは行方不明とご連絡をしたはずのMSや戦艦が現れたのですから。」

「こちらと致しましても実は連合軍を脱走されていたとは説明出来ませんから。
見つかって良かったと申し上げるばかりでしたよ。」

「そ、それで、ムウ・ラ・フラガがこちらに保護されていると聞いてきたのですが・・・・」

「保護・・・そうですね。」
「そう説明せねばゆっくりと飛行機にも搭乗して頂けなかったようですからな・・・・」




「さて、そのムウ・ラ・フラガという人物は、この地球連合軍特殊部隊、通称ファントムペイン指揮官、
ノア・ローク大佐のことですかな?」

1枚の写真が目の前に。それは発見当初の連合軍の制服を着て仮面を付けた男だった・・・・・

「この仮面は救出した時には付けておりませんでした。」

「それは・・・では、こちらのでは?」

初めてムウがAAに乗り込んで来た頃の写真だった。

「はい、この男です。間違いありません。」

「そうですか・・・ありがとうございます。確認致しました。」

「で、いつムウに逢わせて頂けるのですか?」

「それは、貴女次第かもしれません。まずはムウの素性をどのくらいご存知ですか?」

ムウのことだけでなく、自分の軍人としての立場から現在の様子、心境まで事細かに調べ上げられた。
尋問ではないか、と気が付いたときは遅かった・・・・




ムウ・ラ・フラガの失踪した夜・・・・

確かにクリスマスの前に教会へ行くと言ったままその夜は帰ってこなくて
翌日も・・・流石に心配になった。

それから、AAの仲間のところで酔い潰れてはいないかと尋ねた。
だがどこにも立ち寄った形跡も連絡もない・・・・

現在はオーブ軍の軍人の為、一応カガリに相談をかけた。

すぐカガリは都市警察ではなく軍の情報部に、ラミアスの身辺警護とムウの捜索に当たらせた。
亡命中の彼らに今まで警護の手を怠った事を悔やんだ。

だがラミアスには不安にさせないよう、警護の事は言わずに、さりげなく気の許せる仲間を家に立ちよらせた。
捜索の方は困難を極め、全く手がかりが入って来なかった・・・・

教会で唯一残された紙切れからは何の結果も出なかった。
ありふれた、紙とありふれた筆記用具で書き散らされた字はムウの筆跡ではなかった・・・・

未明のことで目撃者もなかった・・・突然、オーブ国内から消えた・・・のである。
跡を辿れず、ラミアスに警護を当分付けることだけが継続された。

そんな中、ラミアスも、失踪した。
金髪の男というだけで、ムウと身間違え、車を降りかけて、そのまま連れ去られた。

それにラミアス本人が気付いたのが、オーブから出国してしまって、
初めて出会った研究所室長とのこの会話からだった。
ただムウに会える、それだけの言葉にここまで付いて来てしまった・・・

全く平和ボケしていた・・・・と唇を噛んだ・・・・

マリュー・ラミアス、オーブ国内から失踪。

本人だけ忽然といなくなったのは、休暇願いが出された後だった。
そのために、しばらくの不在にも気付かれはしなかった。










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