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「この雪は君のために降っているんだよ・・・・」
信じられない言葉が胸をときめかせてくれた・・・・
C,E,63年12月24日の夜から25日
プラント、ディセンベル市に初めての雪が降った・・・・
初めての積雪の為に街中が大混乱に陥った事。
交通事故や自損事故、重軽傷者多数発生の事
街中がマヒしたことよる経済的、エネルギー的損失の事
気温の急激な低下による体調不良や、動物、植物に与えた打撃の事等など・・・
その日より市民達の気象局や、評議会への不平不満が噴出した・・・
各プラントへも、ディセンベル市の騒動は大きなニュースとして配信され、コーディネーター達は思いも掛けない事に驚いた。
最高評議会からもディセンベル市評議会に問い合わせがあった・・・・
そして数日後のディセンベル市のニュースペーパーの読者投稿欄に、一人の女性の投書が掲載された。
それは、決められた物同士の結婚に躊躇いがあった女性からの文章だった。その一石は小さな波紋だった・・・・が・・・
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「この雪は君のために降っているんだよ・・・・」
信じられない言葉が胸をときめかせてくれた・・・・
プラントで雪が見られるなんて・・・真っ白に世界を変えていった雪。
二人で佇んで眺めていた。二人の頭に、肩に積もっていった雪。
「今夜のこの雪を君に捧げるよ。」
「寒いね、大丈夫?」と言いながら、
優しく雪を払いながら、
大きな手のひらで私の冷たい指を包み込みながら、
何度も囁いてくれた。
「素敵な君の為の雪だよ。」
「君とずっと一緒に見たいよ。この景色を。」
「僕の為に着てくれるウェディングドレスはこの色にして欲しいな。」
きざで、嘘つきな男と思う。
定められた相手ではあったけれど。
何度も婚約の解消も考えた相手だったけれど。
でも、突然の雪のお陰で、男の意外な一面が見られて、
暖かく幸せにしてくれる言葉をくれたこの男の、
突然の出来事に出会いながら、こんな事を言ってくれた男の、
私への気持ちを考えたら・・・・
きざで、女たらしかもしれないけれど・・・・
一緒になっても良いかな?と思う。
二人になったらもっと楽しい生き方が出来るかも知れない、と思う。
その夜、一人になって、結婚を決めた。
魔法のような素敵なプロポーズの言葉だった。
そして魔法のような、夢のような光景だった。
一生忘れられない、プラントに降った雪だった。
周囲の人は積雪のお陰で怪我をしたりして、
酷い目に遭ってもうこりごりと言う。
不平不満ばかり・・・でも、素敵な魔法に掛かった私がいる。
だから、このまま一夜の夢で終わらせて欲しくない。
また、一年後のクリスマスにも素敵な雪を降らせて下さい。
家族が増えていると良いな。
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その後、たった一人の投書は漣のように静かに、人々の心の中にしみこみ・・・・
「この雪は君のために降っている」
「今夜のこの雪を君に捧げるよ。」
デートを愉しむ若者だけではなく、既婚者達にも、ロマンチックな光景と珍しい響きを持つ言葉は市民権を得た・・・
我々コーディネーターはこうして、気象すら人工的に作り出し、宇宙の中で孤独に住んでいた。プラントの外壁の一歩外は温度も空気さえない、星も瞬かない暗黒の宇宙の中を漂っている・・・
そんな我々でも夢が見られた、この初めての「降雪」という出来事は、このたった一通の投書によって来年へと夢を繋いだのである。
C,E,64,1,初旬
背中に窓から差し込む、夕日というには少し早い光を受けた、男がいた。
秘書より届けられた今日の書類に一通り眼を通し、最後の書類を放り出した。
アプリリウス市にあるプラント最高評議会の議員会館の一室。
その放り出された書類を拾って読んだ男が溜め息をついた。
「フ〜ン。たった一通の投書だったのか・・・面白いものだ・・・非難轟々で責任者を出せとばかりに、最悪我々が企んだ事がばれるかと覚悟していた。どうなることかとひやひやしたが・・・思いがけない方向に転がりだしたな。この女性に感謝状を贈りたい気分だ。」
「では探し出してくれると有り難いのだがな。シーゲル」
「出来るだろう?編集部に問い合わせれば。」
「では頼む。これが現物だ。」
「おっ!早速手に入れたのか。早いな。・・・・?うん?しかし・・・郵便配達ではなく、自家配達ということか?
今時紙に自筆の原稿とは珍しい・・・イニシャルのみか・・・これでは検索に掛からんな〜」
「謎の麗人ということにして置こうではないか・・・大騒ぎになりはしたが、来年も降らせることになったのだから・・・責任問題も追求されなかったから、気象局の実験の一つだという事で決着が着いたしな・・・もう良いだろう?パトリック・・・・」
と言いながらシーゲルは、その報告書を他の書類と共に机に戻し、投書の手紙の方をパトリックに返した。
「ああ・・・」
憮然とした表情でそれ受け取りスーツの内ポケットに忍ばせた。
「もっと良い顔しろよ・・・我々の為の救いの大事な手紙だ。何なら俺が貰っておいてやるよ。」
軽く言いながら簡単なつくりのキッチンに入り物色し始めた。
グラスに氷を入れウィスキーを注ぐ。それを二つ作ると一つを執務机に座り直しているパトリックに手渡した。
「しかし、あの夜はまいったな〜お前は奥方とホテルでしけ込んでイイ思いをしたんだろうが・・・こっちは娘の世話で大変だったんだ。コンサート終了後パーティーに連れて行き、女の子は口説けず、その後ホテルでは、雪にはしゃいで寝ない娘の世話で大変だったんだからな・・・・殆ど寝ないで帰りたがらない娘を連れて、アプリリウス
迄帰るのに、なかなか車は動かんし・・・・」
「予定では、クルーゼ君とイイ夜を愉しむつもりだったんだからな
〜これからは同盟の連中とは同じ日に予定は入れないで置こうと思ったよ。
彼に甘く、君の為の雪だ、と囁いてやる予定だったんだ・・・お前は奥方に囁いたか?」
カランと氷が鳴って、空のグラスがシーゲルの前に突き出された。
追加を注いでいると、相変らず不機嫌な声がした。
「貴様が同盟で報告会を設定して、アレを月から戻らせたのだろうが・・・・彼とアレどちらかを選ばせたのは貴様だ。妻である以上仕方がない・・・・だがな、貴様と違って、伝えておいたぞ。君の為に降らせた雪だと・・・・」
二杯目のウィスキーのオンザロックをゆっくりと味わいもせず喉に流し込んだ・・・
「奥方にばれなかったか?」
面白そうな表情を隠さずにシーゲルは尋ねた・・・
「ふん・・・アレが気を失うまで奉仕してやったからな・・・ナニを使われているのかも判らないほど悦ばせてやった、それで良いだろう・・・・朝真っ白の光景に驚いていたがな。」
「彼にぞっこんだな・・・奥方には雪を降らせるほどの思いはないってか・・・?」
「貴様だって、娘がいてもいつも平気で別の部屋に色々と連れ込んで遊んでいるではないか・・・・私はそんなことはせぬ。」
「それよりもな、パトリック、一生のお願いだ!今度の雪と彼は俺に譲ってくれ・・・頼むから・・・・」
「これだけは、譲れんな・・・貴様の性癖も改まらんのだろう?あの子を貴様に殺されかけたと泣かせたのはお前なんだぞ。どちらにしても先の話しだ。」
「頼む!一生のお願いだ!」
手を合わせて懇願しているシーゲルに冷たい一瞥を投げると部屋を出て行った。
「パトリック!!」
シーゲルは後を追い部屋を出ると、廊下にパトリックの姿を探した。
シーゲルの秘書室から出て来た。
「パトリック!一生のお願いだ!俺の頼みならいつも聞いてくれるじゃないか〜!」
「先生!」
パトリックの後ろから出て来た青年が声を上げた。
「とにかく五月蝿くてかなわん。連れて行ってくれ。こいつからこのセリフが出ると付き纏われるからな、仕事にならん。」
「クライン先生、お久しぶりです。さ、後自分の部屋に戻りましょう、お土産もありますから。色々と面白い話もありますから。」
と、背中を押してクラインの部屋に向かう青年に、パトリックは声を掛けた。
「デュランダル君だったね?この男の元に出入りしている・・・同盟員だったかな?」
「残念ながら籍はありますが、殆ど放浪しているもので・・・・」
「見聞も広いようだな、また、ゆっくりと色々な話がしたものだな。」
「ええ、各プラントには殆ど知り合いがいます。何かのお役に立てることがありましたら。とりあえずこの酔っ払い先生を連れて行くことが、目下私に課せられた使命のようで・・・・」
長めの黒髪の青年は快活に笑うとパトリックに背を向け、シーゲルを隣の議員執務室に押し込もうとしていた。
政治家に向く良い声だな・・・・
シーゲルが育てたい男がいると言いながら、まったく所在が掴めんと嘆くだけのことはある・・・・
何か惹き付ける・・・・魅力があるな・・・・どんな関心ごとがあってシーゲルの元に来るのか・・・・
私に敵対しなければ良いがな・・・・
クルーゼと私の前に立ち塞がるならば排除するだけだがな・・・・
静かになった執務室で外を眺めながらポケットに手をやった・・・
クルーゼ・・・お前は何を考えている・・・・?内ポケットに忍ばせた紙を又触った・・・・
そこには、シーゲルに見せた物の他にまだ紙の手触りがあった・・・・
(その後、パトリックが読んだ通りに、政治の道に進んだデュランダル・・・・・
きっかけをパトリックは知らなかった・・・・
この日以前にクルーゼの姿をデュランダルが知っていた事も・・・・
それはまた別の話になる・・・・)
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