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C,E,63,12,24

また時は戻る。まだ雪が降り出す前に・・・・

パトリックがクルーゼのパトロンとなって3度目の12月のもう24日の夜。

「君にここで出会えるなんてなんと幸運なのだろう・・・クルーゼ君」

車で娘を迎えに来た、シーゲル・クラインの後部座席にラクスを押し込んで、ホッとしたところへ声を掛けられ振り向いた。
「この劇場は今日、年末恒例のクリスマス慈善コンサートがあったと・・・今のはクラインの娘だろう?君も来ていたのかね?ザラから代わって今度はクラインの娘に近づいたのかね?」

クルーゼは何も応えず、迎えの車が来る、目の前の公園の入り口へと足を運んだ。劇場前は目に付きやすく、マスコミの目も光っているからだった・・・・
しかし公安の目まで光っていたとは・・・・ここでセレスに出会うのはクルーゼの予定には入っていなかった・・・そして彼の公安の行動にも気を付けなければならない事を学んだ。

セレス・ウェーバー、今年この男の奥方と知り合いになり、押し倒され殆ど食べられかけたのだ。しかし、その夫セレスの怒りを買うかと思われたが、逆に気に入られ、奥方の代わりに貪られた。そして、暗黙の了解でセレスとの仲をザラは認めた。

セレスは、ザラやクライン達とほぼ同時期に黄道同盟の仲間だった。今は公安委員会(後に黄道同盟再編などに伴い、最高評議会直属の内部査察部門と、ザフト軍の情報部、軍警察、都市警察の査察など幾つもの内部調査部門に発展していくが、現在は漸くコーディネーター達が一枚岩ではないことに危機感を感じたこの男が、独自に袂を分ったというところである。)を立ち上げ、警察、同盟とも一線を画して行動していた。主に、警察にも同盟にも手の出せない分野での隠密行動で情報を得て、プラントに不利な事象や人物達を調べ上げ、適切な処置が出来る組織に情報を流していた。
だから、同盟も警察組織も身内すら調べられ、監視される事を心良くは思っていなかった・・・
ただ、ザラは他の者達とは異なりこの男の同盟脱退を評価していた。
この男の組織が、プラントのコーディネーターと地球のナチュラルとの交渉に対して、為になる事を知っており、クルーゼが身体を張って自分の虜にしたことも感づいていた。クルーゼの成長の為にと、また、クルーゼが自分から離れる様子もないことから、自由にさせていた。その代わりにクルーゼに惚れ込んでしまったセレスの方からの情報も引き出し易くなった。

クルーゼは何か情報が得られるとは思ったものの、今夜は付き合う気分ではなかった・・・

ザラの目は光っていなかったが、クラインの娘のエスコートに疲れ果てていたのだ。プラント最高評議会議員の娘で、母親は宇宙でテロの為に散った有名な悲劇の歌姫。その二人の間の愛娘、将来はこの子も歌姫になるだろうと今からマスコミは目をつけていた。そのような小娘をエスコートするのは気疲れ以外の何ものでもなかった・・・・
だから、クルーゼを恋しい恋しいと公言している、ザラと同じぐらいのいい歳をした男など焦らしてやる、と意地悪く思ってしまった・・・・
本当ならばピロートーク代わりに、何か情報を引き出すことが出来たかも知れなかったが・・・


今夜もシーゲル・クラインとパトリック・ザラの名代として二人が連れだって来た所から周囲がざわついた感じになったのが判った・・・一応警戒してスクリーングラスも少し薄めの色にしてきたが、写真ぐらいは大丈夫だろう。タキシード姿だと手袋をしていても怪しまれないから幸いだった。
急に、行けなくなったからザラの代わりにと数日前に連絡が有り、すかさず職場にまで手が回されて、早めに仕事をあがらせて貰えた。但し、この後、年末年始は休みなしになりそうだった。
そして、迎えの車にはクラインではなく、娘のほうがこれも親の代わりにとピンクのドレスを着て先に乗っていた。大丈夫か?10歳ぐらいだったか?と、不安になった・・・とりあえず、音楽は好きらしく身体を曲に乗せて自分の世界に浸ってくれていたので助かった。
ただ、直前の招待客のみのディナーでは無作法な視線や会話は無かったが、その後のコンサートでは、ロイヤルボックスだった為に坐った時から、何処からかオペラグラスなどで、覗かれている感じがして薄気味悪かった・
・・最後まで音楽に浸れず、周囲からの視線のようなものに悩まされ続けた。


「もしかしてずっと監視されておられたのですか?」
「残念ながら、間に合わなかったのでね。出て来る所を待っていたのさ。本当は。部下達がいつもこのようなところでは張っているのだけれど、その網に今夜は意外にも君が引っかかったということさ。彼らから連絡を貰った時は嬉しかったよ・・・最近出会えなかったし・・・電話はくれないし・・・君は一向に私があげたディスク類にも関心がなさそうだしね。寂しかったよ・・・しかし、こんな夜に君をエスコートしないで、ザラは何をやっているんだい?」
「奥様が月からお戻りです。ご存知でしょう?今夜の黄道連盟のご予定は・・・」
「ああ、だから、これから私と飲みに行かないかい?ここで出会えたのも幸いだ。」
「それから、以前に戴いたディスクは開けたら犯罪になる物ではないですか?そのような物騒な物使えません。眠っていますから。」
「引っ掛からなかったか・・・今度又出会えたら何か良い物を用意するよ。だから、これから飲みに行かないか?」
「奥様に掛けるべきお言葉だと思いますから。ああ、これを奥様にどうぞ。クラインのお嬢様からいただきました。」
コートのポケットから小さな綺麗な包み紙の箱を取り出した。
「何かお菓子だそうですよ。差し上げて下さい。ああ、迎えが来ましたから・・・これで失礼します。」
二人の前をス〜っと車が通り過ぎ停車した。
「ザラの車だね?」
「名代ですから。では失礼いたします。おやすみなさい。」
ばたんとドアは閉まり、ためらうことなく車は遠ざかって行った。
「やれやれ・・・媚も靡きもしない。こんなにも私は君と出会えることが嬉しく、恋い焦れて来たのに、愛想のない子だ・・・ま、だからこそザラも気に入っているのかも知れぬな。手元に置かなくても指示通りに動いてくれる、役立ちそうな子だ。やはり、欲しいな・・・」




クルーゼを乗せた車は街の中心から離れて行く。
劇場から出た頃からちらりちらりと舞っていた白い物が車の中からも見えるようになって来た・・・
「クルーゼ様窓の外をご覧下さい。」
「ああ、先ほどから、これは何?雨ではないですね。」
「雪です。」
「ゆき?これが・・・プラントに降るとは・・・・」
「予定通りですね。気象局の予定にありましたが。」
「ゆき・・・」

「ご自宅の方へ直接お送りして宜しいですか?」
「あ・・・」
「クルーゼ様?」
「今夜は、出来るなら・・・あの光のもとへは戻りたくない・・・・」
「判りました。ちょうどクルーゼ様にお見せしたい物もございますし・・・」

ドクターと二人が住まいする研究所の周辺も、最近では街の中心と同じような風潮で、夜も綺麗に飾った光が楽しそうに煌いているのだ・・・・
研究所の玄関もいつのまにか控えめながらも、クリスマスの光が瞬いていた。
室内に飾られているものは、他人が外を歩く限り強制的に目には入っては来ない。だが、これらは外に向けているのだ。鑑賞を強いているのだ。そして祈れと。

その光の訳を聞いた時クルーゼは思わずぞっとしたのだ・・・
自分には関係のない光だ。呪われた、人として祝福の中で産まれた者ではない自分にとって、ただ忌まわしいものとしか眼には入らなかった・・・・
地球での風習がプラントにも広がりを見せ、きっと全世界で、コーディネーターもナチュラルも楽しんでいるだろうこの光の洪水・・・祝福の光、聖誕を祝う光・・・
自らが犯し続けている罪をこれで贖っているつもりなのか・・・ 償えるほどのものか?

この光で祝福されている神は満足か?
称え、祈る者達が、一方で何をしているのか・・・知っているのか・・・たとえ一夜限りでも誰かが悔い改めていれば神よ・・・貴方は満足なのか・・・・
私は・・・許さない・・・愚かな行為を繰り返し・・・欲望のまま闇を深くしている人類達・・・コーディネーターもナチュラルも・・・たとえ、クリスマスの祈りを捧げても、私は・・・聞き分けの良い神ではない・・・
いつか全てを滅ぼす力を手に入れる・・・・その為にここにいる・・・


ギリッと奥歯が鳴った。
無意識に握られていた拳が震えた。




「いつもの離れではなく、こちらの屋敷の中のお部屋をどうぞお使い下さい。古いので離れより使い難いかも知れませんが、気分転換にはなるかと。窓から湖水が見られますよ。着替えをご用意しましょう。こちらが浴室、お湯を張っておきましょうか?それから、ベッドメーキングをしましょう。」
「それぐらい、いつもの事ですからやります。」
「そうですか?それでは良い物をお持ちしましょう。」


コトリとカクテルグラスが目の前に置かれた。
グラスの底辺辺りが濃い青い液体。その上に半分以上が雪か雲のような白。何かキラキラと氷片が煌いているようで。
クルーゼは顔を上げた。
「クルーゼ様、如何ですか?綺麗な色合いでしょう?私は初めてこれを見て思いました。『プラントの海に降り積もる雪』だと。地球の大変古いレシピからですが、『ダイヤモンド・ダスト』と正式に命名されているようです。そしてこのプラントに入って来て、少しレシピも変えて名前も『スター・ダスト』になりました。星屑の中を漂うプラントでしょうか?プラントの海は淡水。湖に降り積もる雪でしょうか?」

「ちょうどお迎えに上がる時にそう思いました。この雪については、ご主人様より話には聞いていました。雪を降らせる実験だと。でも感慨深いです。生まれが地球の者には、ご主人様の故郷や、クライン様の故郷は冬には雪が降る地域でした。プラントには降らせられないものと諦めておりましたから・・・」
「ありがとう・・・」
「いいえ、今夜は慣れない部屋ですから御用がありましたらご遠慮なくお呼び下さい。」
「無理を言って・・・」
「こちらこそ・・・試飲をお願いしてお引止めしましたのは私ですから・・・あ、ディナーでは何か召し上がられましたか?軽くつまむ物でもご用意しましょうか?」
「いいえ、大丈夫です。」
「明日はいつもの時刻にお送りして宜しいのですね?」
「ありがとう・・・」
「では、おやすみなさいませ」

不思議だろうな
〜やはり、パトリックが無理に連れて来る以外にここへは来た事がない・・・今夜は帰ってこない。
しかし自分はここにいる。いつもの抱かれる為だけの離れではなく・・・別の部屋まで用意してもらった。
ドクターの元に帰るのも嫌だった・・・あの偽善の光の満ちたところへは帰りたくなかった。仕事をしていたかった・・・・なのに、評議員の代理で出席してくれとは・・・クリスマスの慈善コンサートなど私が行ったとて何になろう・・・クラインの娘のエスコートまでさせられ、公安のセレス・ウェーバーにまで見つかった・・・・

「プラントに降る雪」
そう命名してもいいと思う・・・いいカクテルだ・・・・





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