小説 武男 様
アデス×クルーゼ




 私はフレドリック・アデス。プラントを守る義勇軍、ザフトの一軍人であり、ナスカ級戦艦、ヴェサリウスの艦長だ。そして…英雄、ラウ・ル・クルーゼの部下だ。



 数いる部下の中で、私は特に「お気に入り」とされているらしい。



 否定はしない。信頼されていると言うよりも、彼は私ならば「やりやすい」のだ。それは私にとっても同じだ。

 彼の考えは読めない。口答えも多いだろう。納得できないことも日常茶飯事である。だがそれでも、彼を見限ったことはないのだ。



 時々私は、ふっと嗅いだ花の香りがふいに鼻の奥に蘇るように、ある記憶が脳を支配する時がある。

 それは、彼と初めて会った時の記憶。

 それなりに昔のことだと思う。というのも、彼は私と同じ程度の身長だが、その時の彼は私よりも頭一つ下だったからだ。私も、(今よりは)皺も多くなかったし、体も引き締まっていた。

 断片的で覚えていないのは勘弁して欲しい。何しろあの日は、今でも最悪の日だったからだ。

 朝の星座占いならば、間違いなく12位。それほどに、最悪だった。





白と黒(1)―――

 その日、フレドリック・アデスは珍しいオフを満喫中だった。ダークグレーのワイシャツに、黒いズボン、黒いベルト。腕時計も黒い革製で、いかつい外見と厚い胸板から、どう見てもその筋にしか見えない。

 だが、本人はいたって気にしておらず、鼻歌交じりでショッピングモールへと訪れていた。

 彼は人込みというのが意外と好きで、オフの日にはこうして人の集まるところをぶらぶらするのが恒例だった。これは、彼の職業に起因する。

 彼は軍人だ。こうした人込みを守るのが仕事である。命を捨てて。

 だから、自分の苦しみの成果がきちんと出ている、こうした場によく訪れるのだ。ほんのひと時の、平和と充足感を噛みしめるために。

「トイレ、どこですか?」

 ふいに呼びかけられた。振り返ると、すぐ目の前に子どもがいた。

 いや、子どもと言うのは失礼かもしれない。アデスはかなり背が高いほうだ。そのアデスと頭一つしか違わないのだから、それなりの年齢だろう。だが、アデスに尋ねた口調や、口元に浮かばれた微笑は、どこか幼かった。

 そして、その子はどこか異様だった。いや、異様の原因ははっきりしている。

 顔の半分を、白い無骨な仮面が覆っていたのだ。

 緩やかな金色の髪、ラフな黒いジャージ。そして白い仮面。アデスはキツネにつままれたような感覚に襲われた。

「そこの通路の喫茶店の前。通路には看板があるから、すぐに分かるはずだ。」

 アデスは自分の左後ろの通路を指さして答えた。

 戸惑いながらもきちんと教えてやるところは、彼の実直さ故だろう。少年は笑った。

「ありがとう。」

 少年はアデスの横を通った。ふわっと髪が舞い上がり、そこから香った香りに、アデスは目を見開く。

…血の匂い…?

 ばっと振り返ったが、少年はもう雑踏に消えていた。アデスは上げていた肩を下ろす。

ま、自分には関係のないことだ。

 アデスはそう思い、気持ちを切り替えた。



ところが、その判断がおそらくいけなかったのだろう。



 アデスは1時間ほど買い物をすると、出口へと向かった。

 アデスは買い物が異常に早い。というより、人込みが苦手なのだ。矛盾しているかもしれないが、人間とはそういうものである。

 ふとアデスは、トイレに入ろう、と思い立ち、早速手近なところへ入った。

 それは、少年に教えたトイレで、当然アデスの脳裏からはその少年の存在は消えていた。

 手早く小さいほうを済ませると、手を洗おうと洗面台へ移動した。と、ずっと使われていた個室が開いた。

 そこから現れたのは、何とあの少年だった。だが、服は違っていて、仮面も外されている。代わりにサングラスが目を覆っていた。

「……。」

「奇遇ですね。」

 少年はにこりと笑いかけると、隣の洗面台へと来た。アデスも蛇口をひねって手を洗う。

「…長すぎやしないか?」

「着替えていたので。」

 再びにこりと笑いかけて蛇口を閉める。アデスは失礼とは思いながらも、いぶかしげな目で少年をなめるように見た。

 相変わらずふわふわとした綺麗な金色の髪。透き通るようにとは言わないが、健康的な白い肌。白いタートルネックのスウェットに、少しクリーム色のやはり白いズボン。首には白い長いマフラーがゆるく巻かれていた。

 …いやはや。自分とはことごとく正反対の格好である。…そして悔しいが、ものすごく似合っている。自分がこんな格好したら、冗談以外の何物でもないな。アデスは心の中で苦笑した。

「何か?」

 ハンカチで手を拭いながら、少年が怪訝に聞いた。アデスは目線をそらせ、手を振ってはぐらかす。

 ジャージはどうしたのかな?という言葉が喉の奥まで出かかっていたが、最初に血の匂いがし、服を着替え、今は全くそんな香りがしないことからみても、どう考えても?裏?だ。関わるべきじゃない。

 少年はやっぱり怪訝そうに首をかしげると、「では。」と言って踵を返した。だが…

グゥ〜〜。

 間の抜けた音が二人の間に響く。わずかに見える少年の耳が、見る見るうちに朱に染まっていくのが分かった。

 アデスは、ふいに吹き出してしまう。

「ぷっ。…くくく…。」

「わ、笑うな!」

 少年は振り返ると、顔を真っ赤にして怒鳴った。手を振り、何とか笑いを収めようとするのだが、どうしても上手くいかない。おかしすぎる。

 …やっぱりガキはガキだ。

 アデスの心の中に余裕が生まれた。少年は何かを言おうとしたが、アデスはその頭に手を置いた。瞳は見えないが、きっと彼は自分の手を何事かと見上げていることだろう。

「何かおごろう。」

 少年は一瞬きょとんとしたが、すぐに顔をそらせた。

「いりません。」

 そして後ずさりしようとするが、アデスは一歩踏み込んで逃さない。

「大人の言うことは聞いておくものだぞ?せっかく一食分浮くんだから。」

 素直におごられろ。

 アデスは、仲間にも滅多に見せたことのない、屈託のない笑顔で言った。少年はそれで毒気が抜かれたのか、やがて実に不本意そうに「わかりました…。」とつぶやいた。

「よし。じゃあ、早速行こうか。」

 アデスは買い物袋を提げると、先にドアを開け、少年が出て行ってから自分も出た。

 まさか、これが不運の始まりになるとは。アデスには想像もできないことであった。

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