小説 武男 様
アデス×クルーゼ



「隊長。いや、ラウ。ずっと、好きでした。」

何でこんなことになったんだろう……。

 月の下、愛の告白をしながら、アデスは苦い思いで思っていた。


彼氏×彼氏「偽装告白大作戦」―――


「アデス。お前、私の彼氏になってくれないか。」

「ぶはっ!?」

 突然ラウにこう言われたのは、数時間前だった。

 二人は本国のアデスの自室にいた。それなりに冷えていたので、部屋にはコタツが敷かれ、二人はそこでぬくぬくとした時間を過ごしていた。

 穏やかなまどろみにほほ笑みながら、ココアを飲んでいた時、突然こんな告白をされたのだ。当然、アデスは口の中のココアをぶちまけてしまっていた。幸い、顔はラウに向いていなかったので、白い顔を茶色にするようなことにはならなかった。

 ラウは少し驚いて、床にかかったココアを台拭きで拭いてくれた。顔はいつも通り白い仮面で覆っている。

「…ごめんなさい。今何と…?」

「だから。アデス。私の彼氏になってくれないか?」

「……。」

 アデスは無表情だったが、脳みそはかつてない程にフル回転していた。

え?彼氏?彼氏ってつまり…え?

 断わっておくが、アデスとラウの関係はもちろんそんなものではない。いや、そんなものとは言ったが、そういったものでは決して形容できない関係だった。
 説明するのは難しい。

 親子?兄弟?親友?上司と部下?恋人同士?

 そのどれにも当てはまらない、だが互いに欠くことのできない大切な存在。そう…。どちらかと言えば、異なる自我を持った自分自身。と言うのが、一番正しいのかもしれない。

 だから、そんな関係に発展するはずがないのだ。

 だがしかし、今ラウから発せられた言葉は、そういった前提を全て引っくり返したような言葉だった。

「…どういう…?」

 アデスはこの言葉を紡ぐので精いっぱいだった。

「どうって…。」

 ラウは言い淀んだ。唇を尖らせ、体をもじもじさせる。いつにない態度だったが、アデスはそんなことにも気付かなかった。やがてラウが消え入るような声で言う。

「………らしいから。」

「は?」

「男性士官の大半は、私をそういう目で見ているらしいから!」

 ラウは顔を上げて、叩きつけるように言った。アデスはまだ頭の整理ができていなかった。

「男性士官って、ザフトの?」

「ああ。」

「そういう目って、隊長を…」

「そうだ。」

「それで私に?」

「ああ、そうだ!何度も言わせるな!」

 ラウは真っ赤になって言った。
 あぁ、そういう意味…。
 アデスはやっと意味が分かると、喉の奥で笑った。

「くっくっく…。」

「お前は笑うがな!私にとっては真剣な問題なんだ!
 突然鬼気迫る表情で迫られたり、家のポストに大量のラブレターが届いたり…。」

 ラウは腕組をして威勢の良い口調で切り出したが、次第に声は小さくなった。

「…なるほど。それで私に、?振り?をしろと。」

「そうだ…。」

 アデスはまだ笑っていたが、ふいに笑いを収めた。覚悟を決める。

「分かりました。ご協力しましょう。」

「本当か!?」

「ええ。」

 アデスは大きくうなずいた。ラウは本当に嬉しそうに笑った。

「ありがとう、アデス…。」

 アデスは途端に、鼻の奥が痛くなった。こんなに悩んでいたのか…。
 そして自分にこんなお願いをしてくるのだから、如何ともしがたい状況だったのだろう。

もっと早く自分を頼ればいいのに…。

 アデスは、胸の奥がチクリと痛んだ。だが、ラウは長年の胸のつかえがようやく取れたようで、ひたすらに嬉しそうだった。

「あ、そうだ。本部に呼ばれていたんだっけ。」

「それを早く言って下さいよ!」

 アデスは途端に慌てた。わたわたと制服を取りに行く。
 何時ですか!?という男の声を聞いて、ラウは穏やかなほほ笑みを浮かべた。


 約束の時間は2時とのことで、アデスは相当に慌てた。家を出る時にはもう1時を少し過ぎていた。全力でエレカを飛ばし、エレベーターを駆使し、時には抱きかかえて走り、何とか5分前に辿りついた。

「……。」

 戦況報告という、割とフランクな用事だったが、肩で息をした顔色の悪いアデスを見て、少し変な空気が漂っていた。

 生ラウを見れる。ということでちょっとウキウキしていた高官も、少し気まずい感じになっている。

「…大丈夫ですか?お連れの方…。」

「は?…大丈夫です。お気遣いなく。」

 アデスは誰がどう見ても大丈夫じゃない声色で言った。

「では、そういうことで、よろしいですかな?」

 場の雰囲気を変えたのはやはりラウだった。
 百万ドルのほほ笑みを浮かべて、下手だが有無を言わさぬ口調で言う。その魅力に勝てる者などいなかった。ただ一人を除いては、だが。

「は、はい!お疲れ様です。」

 片手を上げて答えると、ラウはふわりとその場を後にした。アデスもその後に続く。

「…助かりました。」

 部屋を出ると、アデスが声を低めて礼を言った。ラウはアデスの胸に拳を付ける。

「気にするな。無理をさせてしまったのは私だからな。この程度…造作もない。」

 アデスはそれだけで報われたような誇らしい気持ちになった。皆がうらやむこの人が、その力を惜しみなく自分に注いでくれる。それが嬉しかった。

「そうですか?それでは遠慮なくいただきますね。」

 軽くおどけてみせると、ラウは楽しそうに笑ってくれた。それを見て、やっぱりアデスも嬉しくなった。

「ところで、何か他に望みはあるか?」

 ラウは、お手伝いをせがむ子供のような顔でこちらを見てきた。アデスはかわいいな、と思いながら、ちょっと考えた。と言っても、答えはもう出ているのだが。

「そうですね〜。中庭にでも出ましょうか。気分転換に。」

「分かった。付き合おう。」

 二人は連れ立って歩いた。


 本部の中庭は広大で、二人以外にも大勢人がいた。だが、みんな忙しそうで、庭の散策だけにここを訪れるような酔狂な輩は、自分たちだけだろう。と、アデスはぼんやりと思った。

「アデス。どうした?」

 ぼぅっとしていたのを、体調の不調だと捉えたのか、ラウは心配そうにアデスの顔を覗き込んだ。アデスは苦笑して、慌てて目を逸らす。

「あ、いえ、その…。綺麗だなぁ、と思いまして。」

「?」

 今はプラントは初冬だ。だから、少し肌寒い。しかしそれは昨日から始まったことで、木々はそれに対応できずに、まだ深い緑のままだった。
 地球と言うか、現実ではありえない空間。プラント生まれ、プラント育ちにとっては当たり前の光景だが。それでも、この光景は現実的ではなかった。

 立ち歩く人は全員が軍人。そしてここは、戦争を指揮しているその源である。なのに、ここは火の粉の欠片も感じられない。本当に今この瞬間も、命が散っていて、それはこの場所にいる人々のせいだとはとても思えない。そういう意味も含めた「綺麗」。
 だが傍らに立つ聡明な人は、その意味すら理解してくれたようだ。

 風に遊ばれている髪を押さえ、たおやかなほほ笑みを浮かべる。

「…ああ。綺麗だな。」

 そのまま見ようとしてくれたのだが、ふいにその体がぶるりと震えた。今まで暖かい場所にいたから、この寒さは堪えるだろう。
 一応外に出るから、コートもマフラーも着用したが、それだけではこの細身では少し足りないかもしれない。
 アデスは、次の瞬間には、無意識にコートを脱いで、その体にかけていた。

 ふわりとした空気の感触と、しっかりとした重み。体感的だけではない暖かさに、ラウは心を奪われた。

 夢のような面持ちで、隣に立つ男を見上げる。アデスは当然といった雰囲気で、ほほ笑みかけた。

「暖かくなりましたか?」

 ラウはその言葉の優しさと顔に、顔を赤らめ、うつむきながらこくんとうなずいた。アデスはほっとしたようにほほ笑む。

「そう。それは良かった。」

「……お前の匂いがする。」

「?…あぁ!申し訳ありません。」

「別にいい。いい匂いだから。」

「はぁ…。」

 今度はアデスが赤くなる番だった。ラウはコートの襟を鼻にまで持ち上げる。

「…お前は?」

「は?」

「寒くないのか?」

「見ての通り、頑丈ですから。でしたら、そうですね…。」

 アデスはコートの片側を持つと、その中に体を入れた。

「これなら大丈夫でしょう。」

「…うん。」

 下心が無い。だからこそ余計に厄介なのかもしれなかった。

 はたから見ればどう考えたって、見せつけているようにしか見えなかった。また二人の雰囲気もそれに近いものなのだから参ってしまう。

 …まあ。その他大勢に、ハンカチの端を噛みながら見られていたところでどうってことは無かったのかもしれないが、近しい者が見ていた事がかなりの誤算だっただろう。

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