小説 武男 様
アデス×クルーゼ
彼氏
×彼氏「誤算」―――
二人はすぐに中に戻った。ラウはまだいたいと言ったのだが、体調を気遣い、アデスが頑として聞き入れなかったのだ。
発起人がアデスだということもあり、大人しく中に入ったのだ。ラウの白いマフラーをアデスは取った。
「必要ありませんね?」
ほほ笑みながら言うと、ラウも笑みを返した。
「ああ。頼む。」
「アデス艦長!」
飲み物でも買ってこようかと思ったその時、突然アスランから呼ばれた。振り返ると、こちらに少し小走りでやって来る。
「アスラン、どうした?」
「すみません、少しお話、よろしいでしょうか?隊長。艦長をお借りしても?」
「ああ。構わんよ。好きなだけ借りたまえ。」
「私も、異論はない。だが少しだけ待ってくれるか?」
「え?え、ええ。」
了承を得ると、アデスはさっさと歩き始めた。紙コップタイプの自販機まで来ると、飲み物を購入する。いや、本部の飲料系は、アルコール以外は全て基本無料なのだから、購入は正しくないのかもしれない。
何はともあれ、まだ湯気の立つ飲み物を手に入れると、急いでラウに手渡した。
「はい。紅茶です。まだ熱いので、気を付けてお飲み下さいね。それから、どの程度時間が掛かるか分からないので、あそこのベンチで待っていて下さい。私たちはあそこの植え込みで話しますので。
アスラン、それでいいかな?」
「あ、はい。失礼します!」
「んー。」
アスランはキメの細かすぎるアデスの気遣いに感心しながらも、敬礼することは忘れなかった。ラウはあまり興味がない様子で、紅茶をすすりながら、さっさとアデスに言われたベンチへと向かった。
二人も手近な植え込みの側に行く。ここからベンチが見え、互いに様子が確認できる絶好の場所だった。
「で、話しとは何だ?」
任務や機体のことかと思い、アデスは緊張した面持ちで、早口で尋ねた。アスランも深刻な顔でうつむいている。やがて、決意した顔でアデスを見た。
来るな…。
アデスもその様子に身構えたのだが、次の瞬間、生涯で最高に馬鹿らしい感覚に襲われた。
「艦長、単刀直入にお伺いします。隊長とはどのようなご関係なのですか!?」
「はぁ?」
アデスは思わず顔をしかめていた。この子は何を言ってるんだ?
「ちょっと待て。関係って…。そんなもの、隊長と艦長。上司と部下に決まっているだろう。」
「じゃあどうして中庭で…!」
うわ…。
アデスは内心頭を抱えていた。まさか見られていたとは…。いや、何もやましいところは無いのだから、別に見られても構わないのだが。そういえばここは本部で、彼らもオフだ。たまたま来る可能性くらい全然有り得る話だろう。
そこでちょっとアデスは先程の行動を第三者視点で分析して見た。
まずコートを掛ける。その次にしばし談笑。コートの端を持ってその中に体を滑り込ませる。
…まともなのは最初だけか。あの時は別に気にもならなかったが、最後の行動は完全に蛇足だ。何であんなことをしたのか。しかも大衆の面前で。
そりゃあ…人格を疑うのも仕方がない。
アデスは苦笑し、もろ手を上げた。
「…確かに。少し良識を疑うような行動だったな。
だが、君が勘繰るような関係では断じてない。それだけは言えることだ。」
アスランは顔を真っ赤にした。純情だな…アデスは思わずほほ笑んだ。
「い、いえ…。そんなことは…。」
「恥じいる必要はないさ。逆の立場だったら、私もそんな勘繰りをしていただろう。仕方のないことだ。
…それが男というものだからね。」
アデスは耳に口を寄せ、囁くように言った。笑みを含んだその言葉に、アスランはようやく緊張をほぐしたようだった。
「…すみません。」
「そう思うのなら、戦場で頑張りなさい。それが兵士にとっての、汚名返上の仕方だ。」
「は、はい!」
アスランは敬礼する。その様子が可愛く、アデスはほほ笑みながら、肩をぽんぽんと叩いた。
「用件はそれだけかな?」
「あ、いえ!まだあります!」
まだあるのか…。
先程から、ラウがつまらなそうに足をぶらぶらさせ始め、時折こっちをじっと見つめてくる。アデスは気が気で無かった。何でもいいから早くしてくれ、といった心地である。
「その…。アデス艦長は、隊長のことを、その、どのように思ってらっしゃるんですか?」
今度はそれか!
アデスは頭が痛くなった。
お前なぁ、それでもザフトレッドで、次期最高評議会議長と目される人の息子で、クルーゼ隊の一員なのか!?私が隊長をどう思っていようが別に関係ないじゃないか!いや、それどころか、隊長にそういう感情を抱くのはどういうわけなんだ?彼は、上官で、男だぞ!?
『男性士官の大半は、私をそういう目で見ているらしいから!』
朝にラウに言われた言葉が耳に蘇った。
アスラン…お前もか…。
内心舌打ちをしながらも、アデスはちゃんと答えてやった。
「どのようにって…隊長は素晴らしいモビルスーツパイロットで、指揮官としても申し分なく、上官としては理想的な方だ。つまり…」
「つまり!?」
「…尊敬している。」
アデスは睨みつけるように言ってやった。だがアスランは、余程自分を見失っているのだろう。暗黙の命令には全く気付かなかった。
「それだけですか?本当にそれだけ?」
「くどいぞ、アスラン。それ以外に何があるというんだ。」
「艦長…。」
やっと納得したか、と思っていると、心底心配そうな顔でとんでもないことを言ってきた。
「頭大丈夫ですか?」
「は…?」
「隊長のかわいらしさに気付かれないなんて、絶対におかしいですよ。変ですよ。おまけにあんなことをして、何も感じないなんて…。今すぐ病院に行きましょう!」
「馬鹿…。」
アデスは怒る気力も失っていた。何であの人の側は変態ばっかなんだ?
「私たちの関係はあくまで?上司と部下?だ。そこにプライヴェートを挟み込む余地はない。公と私を混同するな。
分かったら、このことについてはこれ以上質問するな。艦長命令だ。」
「艦長命令」という言葉に、アスランは本当にしぶしぶ引き下がった。
「…分かりました。」
ふてくされたような口調でうなずくアスランに、やっとアデスはほっと息をついた。
「それにしても、どうしてこんなことを聞いてきたんだ?」
アスランはアデスを見た。段々その顔に朱が交じっていく。
「だって…。艦長相手じゃ、叶わないと思ったから…。」
「は?」
アスランはきちんとアデスに顔を向けた。
「隊長は、艦長相手にはかなり気を許しています。艦長も、隊長のことは全てを分かっているようで…。もし艦長がお相手だと、勝ち目なんて…。」
アデスは苦笑して、肩をすくめた。アスランは敬礼を捧げると、回れ右をしてきびきびと歩き去って行った。アデスはその背が消えると、頭を掻いた。
やれやれ。まさか私と隊長の関係がそんな目で見られていたとはな。これからは少し気を付けないと…。
さて。隊長のところに…と思った時、アデスははたと気付いた。これから自分が行おうとしていることは、今必死にアスランに否定したものではないのか?
アデスは愕然とした。体全体が血の気が引く。
やってしまった…!
自分の身内と思いがけず会ったことで、気付かないうちに墓穴を掘ってしまっていた!今から隊長に告白するなんて…名演技にも程があるじゃないか!いや、それならばまだいいが、完全に情緒不安定だ!ま、まずい。これはまずい…!
アデスは必死に考えを巡らしたが、何をどう頑張ったところで、起死回生の策など無かった。
「アデス…?」
耳に心地いい低い声が聞こえ、やっと目の焦点が合った。目の前には、心配そうなラウの顔がある。
「話しは終わったのか?」
「あ…。え、ええ。お陰さまで。」
「そうか…。すぐに来てくれなかったな。」
「は?」
最後のつぶやきは不明瞭で、アデスは思わず聞き返した。だがラウはアデスの手をつかみ、ずんずん引っ張って行った。
アデスは訳が分からず、されるがままになっている。
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