アデス×クルーゼ
小説 武男 様
選択―――
『ヴェサリウス発進する!』
「は?」
アデスは意味が分からず、素っ頓狂な声を上げた。
自分はこれまで、この年若い上司のここまで動揺した声を一度も聞いたことがなかった。平日の突然の襲撃にも眉の色一つ変えなかった男だぞ?それが…どうして…?
『始まりの地へ行ってくる。そこで私を刻むためにな。』
そう言って、彼はメンデルへと降り立った。刹那主義の彼にしては珍しいと思った。
自分の「命」に対して、ここまで執着する発言をするとは。それがアデスには面がゆかった。
だが、今彼は何と言ったのだ?
『モビルスーツ隊出撃!ヘルダーリンとホイジンガーにも打電しろ!』
「しかし…」
『このまま見物しているわけにもいかんだろうが!あの機体、地球軍の手に渡すわけにはいかんのだからな!!』
「ですが…!」
『私もシグーで出る!すぐブリッジへあがる!』
通信が一方的に切れた。動揺していたが、自分はヴェサリウスの艦長だ。
役目は…果たさなければならない!
「聞こえただろう!何をぼーっとしている!
シリウス起動!モビルスーツ隊、およびシグー、出撃準備!ヴェサリウス、発進する!」
ヴェサリウスの動作音が響く。振動が体を揺らす。
慣れ親しんだ感覚だ。ほっとするほどの。だが…胸が妙にざわめいている。
その時、扉が開いて白い軍服をまとった上官が現れた。気配を感じながら、わざと後ろは振り向かない。もう二度と見れないかもしれないんだぞ?
…ああ。構わない。彼がそれを望まないのなら。
だが彼は、私の見える場所に顔を出した。その顔は蒼白だった。本来なら一番見せたくない顔だろう。それをあえて見せているということは、彼のある種の優しさだろうか?
「シグーの準備は?」
「完了しております。」
「そうか…。」
たったこれだけだった。
それだけを確認すると、ラウは踵を返し、ブリッジから出て行った。
だろうな…。
アデスは静かにそう思った。
アデスには分かっていた。あの無茶な命令も、怒鳴り散らすかのような口調も、自分がシグーで出撃するということも。それらが意味する全てを。そして今、確信した。
彼は自分を始末するつもりだ…。
いつだったか、彼は言っていた。“私は自分に必要の無くなったものは、容赦なく切り捨てる。ずっとそうやって生きてきたのだからな。”
そう…。彼は躊躇わない。ただ、必要が無くなったわけではないのだろう。
アデスは悟っていた。ラウが思う以上に全てを。
私はいつの間にか、彼にとって「必要なもの」になってしまっていたのだろう。さりとて特別なことをしたつもりはない。だが、彼にとっては、その何でもない普通が一番必要だったのだろう。哀しいことだが、それが彼という人間なのだ。
そして…彼の願いにとって、それは邪魔なのだ。
彼が必要なのは「闇」だ。だが私は恐らく、「光」を与えてしまった。それなら私は、闇に消えよう。
そう言えば、私はあの言葉に何と答えたのだったか。
“それじゃあ、私は一番最初にしてくださいね。”
アデスは目を開けた。
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